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夜明けの星 8.5-2(夏樹)
斎がいなくなると、家の中で所在なさげにしていた雪夜がよろよろと夏樹の傍に寄って来た。
「あの……えっと……」
「ん?雪夜どうかした?あ、もう窓閉めようか!ごめん、寒いよね!」
「……っあ!し、閉めます!俺、俺が閉めてきます!!」
「え、でも雪夜……歩けそう?」
「あの、少しなら……大丈夫です!……たぶん」
「そう?それじゃ……あ、慌てないでゆっくり歩くんだよ~」
「はい!」
別荘を出る時は膝がフラフラでひとりでは歩けなかったが、少しコツを掴んだのか雪夜は壁や家具に掴まりながらゆっくりと部屋の中を移動して、開け放していた窓を閉めていった。
夏樹は雪夜が転ばないように見守りつつ、台所の掃除をした。
帰宅してからの雪夜は、寝起きでぼんやりしていたせいもあるが少し様子が変だった。
全部思い出していると言っていたのに、一緒に住んでいたこの家の中を初めて見るように不安そうに見回して、何だか戸惑っている様子だった。
たしかに数年ぶりに帰宅したので変な感じがするのかもしれないが、今の雪夜がハッキリと思い出として記憶しているのは昏睡状態になる前までなのだから、雪夜にしてみればそんなに久しぶりの感覚ではないはずだ。
雪夜の反応をどう捉えればいいのかわからず、夏樹も戸惑っていた。
しばらくして……
「夏樹さん、窓閉めてきました!」
夏樹が食材を段ボール箱から出していると、雪夜がちょっと得意気に報告しに来た。
室内を移動しただけなのに息があがっているが、表情は帰宅した時よりも生き生きして見えた。
「うん、ありがとう。助かったよ!」
夏樹は雪夜の頭にポンと手を乗せて一瞬固まった。
車に乗る時に抱っこを拒否られたように、頭を撫でるのも「子ども扱いするな」と言われるかもしれないと思い、慌てて雪夜の頭に乗せた手を頭の輪郭をなぞるように下に滑らせて頬を撫でた。
俺……大学生の雪夜にはこういう時どうやって接してたっけな……
頭を撫でるのはクセというか、無意識にしているところがあるし……雪夜の頭は以前から撫でていたと思うんだけど……どうだったっけ?
夏樹が内心焦っていることも知らずに、雪夜はくすぐったそうに微笑んで少し首をすくめると、夏樹の手のひらに自分から頬を摺り寄せてきた。
んん゛っ!?
やばい、可愛っ……!
あれ、何だこれ……雪夜ってこんなことしてたっけ?あ、してたね!うん、してたような気がする!そういえば雪夜はよく無意識に煽って来るんだった!照れるくせに煽るのは上手いんだよな~……もう!そんな可愛い顔して俺にどうしろと!?待って、まだ早いんだって!今何時だと思って……いや、時間とか別に何時でもいいし、そういう問題じゃないからっ!!落ち着け俺っ!!――
「夏樹さん?」
「はいっ!」
「あの、大丈夫ですか?」
「え?うん、大丈夫だよ!?全然大丈夫!!ちょっと考え事してただけだからね!ほら、食材をどの順番で入れて行こうかな~とか……」
我に返った夏樹は、何事もなかったかのように雪夜に笑いかけた。
「えっと、あの、他には何か……手伝うことって……?」
「ん~?いや、もう大丈夫だから座っ……あ~、うん、そうだね、それじゃあ……この段ボール箱の中から俺が言うやつを探して俺に渡してくれる?」
夏樹は、「もう座って休憩してくれていいよ」と言いかけて、急いで言い直した。
「はいっ!」
夏樹が手伝ってと言うと、雪夜は嬉しそうに段ボールの中を漁り始めた。
その様子を見て、やはり言い直して良かったとホッとする。
雪夜は今の状態に戻ってから、あまり会話をしてくれなくなった。
佐々木たちとはいっぱい話していたが、夏樹たちとは記憶のすり合わせをした時に少し話した程度で、普段はほとんど「はい」「大丈夫です」「ありがとうございます」……というような単語でのやり取りだけだった。
具合が悪くて必要最低限の受け答えしか出来なかったというのもあるが、どちらかというと会話を避けられている感が強かった。
その雪夜が、自分から夏樹に話しかけてくれて、手伝いたいと言ってくれたのだ。
環境が変われば気分転換にもなって、もしかしたら会話も増えるかもと期待していたが、まさかこんなに早く効果が出るとは思わなかったので、正直驚いていた。
***
「――よし、これで終了!全部入ったね」
「いっぱいですね……」
空っぽだった冷蔵庫が、見事に食材で埋まっていた。
夏樹は元々、その日のメニューに必要な分だけ買う主義なので、まとめ買いもせいぜい二日、三日分だ。
だが、まだ今は気軽に買い物に行くことが出来ないし、別荘ではこの数年間約一週間分の食材の入った冷蔵庫を見ていたので、今ではいっぱい埋まっている冷蔵庫を見ないと何か物足りない気がする。
「うん、だって雪夜とまたここで暮らすんだからこれくらい必要でしょ?」
年末年始はみんなとパーティーをする予定なので一旦別荘に戻る。
雪夜がこっちの方が過ごしやすそうならパーティーの後にまたこっちに帰ってくればいいし、もう少し別荘で休養したいと言ったらそのまま別荘に残ればいい。
「え、俺はあの……どっちでも……」
「俺もどっちでもいいんだよ。雪夜と一緒ならどこでもいい。だから……二人で過ごしやすいところを探していこう。とりあえずは、この場所から。ね?」
「あ……はい」
「さてと……晩ご飯何作ろうか!雪夜何か食べられそう?」
「え、あ……えっと……ごはん……ですか……?」
雪夜が自分のお腹を撫でつつ困った顔をした。
食欲が落ちているのは変わらないか……
まぁ、さすがに体調は急には良くならないよね。
少しずつ食べる量が増えていけばいいけど……
「雑炊は食べられる?お粥の方がいい?」
「は、はい!あの、雑炊が……いいです」
「そか、わかった!じゃあ、作るね~!」
お粥や雑炊さえ食べたくないという時もあるので、今日は一応食べようという気にはなっているらしい。
夏樹は雪夜に微笑んで、雑炊を作るために準備を始めた。
***
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