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夜明けの星 8.5-3(夏樹)

「雪夜、こっち来て」  雪夜に食後の薬を飲ませた夏樹は、ソファーに雪夜を誘った。 「え?あ、はい」 「そこじゃなくて、ここ」 「えっ!?えっと……あの……はい」  夏樹が膝の上をポンポンと叩くと、少し離れて座っていた雪夜がおずおずと近付いてきた。   「はい、おいで」 「あのっ、えっ!?」  雪夜が隣に座ろうとしたので、抱き上げて膝に座らせる。  夏樹と向かい合った雪夜が赤くなって顔を伏せた。 「あの、ななな夏樹さん!?これはえっと……」 「ん?ダメ?」 「だ、ダメ……ではないですけど……」 「じゃあ、ちょっとだけ抱きしめさせて」 「えっ!?」  いや、そんなに驚かなくても…… 「だって、帰って来てからまだ雪夜のこと抱きしめてなかったし……」  夏樹はそう言うと、雪夜を軽く抱きしめた。  雪夜は最初は身体を硬くしていたが、夏樹が背中をトントンと撫でると、少し力が抜けた。  雪夜の頭に軽く口付けながらしばらく続けていると、雪夜が夏樹の胸元にグリグリと顔を擦りつけ大きく息を吸い込んで、ほぅっと息を吐いた。  これは、子ども雪夜が不安な時によくしていた仕草だ。 「……落ち着いた?」 「……ふぇ?」 「ううん、何でもないよ……もうちょっとこうしてようか」  やっぱり、そういうことか……  夏樹は軽く苦笑して、すっかり落ち着いて力が抜けた雪夜に微笑みかけた。     ***  今の雪夜にしてみれば、別荘よりもこの家で過ごしていた記憶の方が長いはずだ。  だから、この家の方が落ち着けるかもしれないと思ったのだが、帰宅してからの雪夜はその逆で、全然落ち着かずにソワソワしていた。  そんな雪夜の様子に困惑していた夏樹だったが、雑炊を作りながらふとあることに気付いた。  あぁ、もしかして……あれかな?  匂い……  数年間放置していたこの家には、夏樹たちの匂いはもうない。  夏樹自身は数年ぶりだとわかっているのであまり気にならなかったが、雪夜にしてみれば……  今の雪夜に戻った時に記憶のすり合わせはしたので、あれから数年間経過していることは説明してある。  だが、頭では理解出来ていても、精神的、感覚的な面では、なかなかすぐに受け止められるものではないはずだ。  記憶の上ではつい数か月前まで夏樹と過ごしていたはずのこの家から夏樹たちの匂いが消えているというのは違和感でしかない。  雪夜が戸惑うのも無理はないのだ。  それに夏樹の匂いは雪夜にとっては落ち着く匂いらしいので、余計に気になったのだろう……  疲れているのにベッドで休もうとしなかったのも、ソファーに横になれなかったのも……夏樹の匂いがしないせいだとすれば納得がいく。  雪夜の様子がおかしいことに関しては他にも原因はあるのかもしれないが、夏樹が抱きしめると落ち着いたところを見ると、少なくとも“夏樹の匂い”も原因のひとつではあるはずだ。  というか、いつでも抱きついて来てくれていいんだよ?  雪夜が安心できるなら俺はいくらでも抱きしめるし、一緒にいるよ?   「ねぇ雪夜……って、あら?」  気が付くと、雪夜は夏樹にもたれて今にも寝落ちしそうになっていた。 「え、雪夜、もう眠たい?ちょっと待って、まだ寝ないで!お風呂入ろう!久しぶりに熱出てないし、お湯にゆっくり浸かろうよ~!ね?もうちょっと頑張ってぇ~!!」 「ぅ~~……」  雪夜がイヤイヤと顔を横に振った。    う~ん、眠たいよね、今日は移動の時しか寝てないし……  でも、しばらく熱のせいでまともにお風呂入れてなかったし……  今日は頑張っていっぱい歩いたから、ちゃんと足マッサージしないとだし…… 「というわけで、急いでお風呂用意してくるから、待ってて!」 「ん゛~……やだっ」 「ぉっと……っ!?」  夏樹が雪夜をソファーに下ろして浴室に行こうとすると、雪夜が腰にしがみついてきた。  え~と……うん……これは…… 「わかった、一緒に行こうか。おいで」  夏樹は苦笑いをしつつ頬を軽く掻くと、雪夜を抱き上げた。  寝ぼけているせいで甘えたになっているらしい。  甘えてくれるのは嬉しいし可愛いんだけど、でも寝ぼけてるんだよね~……  それを普段から出してくれればいいのに…… 「雪夜~!まだ寝ちゃダメだよ~!?お風呂で寝ないでね~!?」  夏樹は雪夜が寝落ちする前に素早く風呂に入れて、寝かしつけながら足をマッサージした。    マッサージは寝ぼけてる時しかさせてくれなさそうだな~……ハハハ…… ***

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