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夜明けの星 8.5-5(夏樹)
「うぃっす。雪夜いる?」
「ああ、ちょっと待て。雪夜~!」
夏樹は電話を持った手を振りながら雪夜を呼んだ。
「……ぁっ、ふぁい!」
マフラーに顔を埋めてウトウトしていた雪夜が、慌てて顔を上げる。
夏樹のマフラーを渡してからというもの、少し落ち着いてきた雪夜は、今度はソファーやベッドでうたた寝をする時間が長くなってきた。
今のところそんなにうなされてはいないが……新しい環境に慣れてきたので、また記憶の整理の方に集中しようとしているのかもしれない……
「佐々木からだよ」
佐々木たちは別荘に遊びに来た際、雪夜の様子が気になったと言っていた。
そのせいもあってか、あれから頻繁に雪夜に電話をかけてきてくれている。
夏樹たちがこっちに戻ってきていることも知っているが、年末はバイトも忙しいらしく、遊びに来るのは難しいようだ。
「えっ!?しゃしゃ……コホンッ!佐々木!!お疲れさま~!――」
夏樹が携帯を差し出すと、雪夜が急に瞳を輝かせて携帯に飛びついた。
そんな雪夜に苦笑しつつ、夏樹は寝室に向かった。
雪夜が電話をしている間は、夏樹は傍を離れる。
夏樹が傍にいると話せないこともあるかもしれないし、雪夜が時間を気にして早めに切り上げてしまうからだ。
話しの内容は、気になることがあれば後から佐々木が連絡をくれるので、夏樹からは雪夜に聞かない。
もちろん、ものすごく気になるけどね!?
「――うん、そうなんだ!?あはははっ」
雪夜はマフラーのおかげで落ち着いたとは言っても、視界から夏樹の姿が見えなくなると急に不安になり、パニックになることがある。
だから、離れていても、寝室のドアは開け放している。
今、雪夜からは寝室のデスクで仕事をしている夏樹の背中が見えているはずだ。
雪夜の楽しそうな笑い声を背に、夏樹は仕事に集中した。
***
「夏樹さん、終わりました」
「ん?あぁ、は~い」
30分程で雪夜が携帯を返しに来た。
今日は早いな……2~3時間くらい話している時もあるのに……
そう思いつつ、雪夜から受け取った携帯をパソコンの横に置いた夏樹は、仕事に戻りかけてふと手を止めた。
雪夜はいつもなら携帯を夏樹に返すと、仕事の邪魔をしないようにとすぐに傍を離れて行く。
だが、なぜか雪夜は夏樹の隣から動いていなかった。
「雪夜?どうかした?あ、佐々木が俺に何か言ってた?」
「え!?あの、いえ……」
雪夜が慌てて顔の前で手を振る。
「そか。え~と……あ、そうか!そろそろ雪夜の携帯も用意しなきゃだよね」
「……へ?」
雪夜がキョトンとした顔で首を傾げる。
「今はあの頃よりも新しい機種がいっぱい出てるし、どれがいいか佐々木たちに聞いて決めるといいよ。毎回俺の携帯を経由するのは面倒だよね。やっぱり友達とは直にやり取りしたいよね。ごめんね、気付くのが遅くなって」
この数年間、雪夜には携帯が必要なかったので、前に使っていた携帯は一旦解約してある。
だが、今は一応大学生の頃の状態に戻っているわけだし、いい加減、佐々木たちとのやり取りくらいは自由にしたいと思うのが当たり前だ。
「違っ!あの、いえ、それは俺こそ……すみません……しょっちゅう貸してもらって……俺が使ってる間、夏樹さんが使えないのに……」
「俺は別に大丈夫だよ。パソコンもタブレットもあるから、連絡取る方法はいっぱいあるしね……あぁ、じゃあ、雪夜の携帯を買うまでは俺の携帯 渡しておくよ。そしたら佐々木たちといつでも気兼ねなく連絡取れるでしょ?好きに使っていいよ~」
夏樹は雪夜から受け取ったばかりの自分の携帯をもう一度雪夜に渡した。
だが、
「え?ええっ!?いやいやいや、そ、それはあの……ダメです!ダメっていうか、あの、ひ、必要な時に、ちょっとだけ貸してもらえれば全然、大丈夫ですからっ!!」
「そう?遠慮しなくてもいいのに」
「遠慮とかじゃなくて!本当に、大丈夫です!……あの、だって俺今は……連絡取るのは佐々木か相川くらいですし……」
結局雪夜に携帯を返されてしまった。
自分の携帯が欲しいわけじゃないのか。
う~ん、じゃあ何だ?
夏樹は雪夜が何を言いたいのかがわからず、ちょっと頭を掻いた。
そして……
「……よし!」
チラリと雪夜を見て、夏樹はパンっと両手を合わせると立ち上がった。
「雪夜、おいで」
「え?」
「ベッド行こう」
「ぇ……えっ!?あの、夏樹さんっ!?」
ベッドに誘うと、雪夜がちょっと慌てた。
「ん?そこに立ってると疲れるでしょ?ほら、おいで。座って話そう」
ベッドに腰かけた夏樹は、「ここにおいで」と自分の隣をポンポンと叩いた。
「ほえ?……座って……話……?あ、はぃ……」
「あ、それとももう寝る?」
「いえいえ!寝ないです!まだ、あの、眠くは……ないです……」
そう言うと、雪夜もベッドに腰かけた。
雪夜は夏樹に何か話したいことがあるのだろう。
でも、すぐには言い出せないようだ。
無理やり聞き出すことはできないので、夏樹はゆっくり時間をかけて話を聞くことにした。
別に話しを聞くだけだから、座れればどこでもいい。
単にソファーよりもベッドの方が近かったからベッドに誘っただけで、夏樹としては他意はなかった。
そもそも、この数年間雪夜に付き合って夏樹もほぼベッドの上で過ごしていたのだから。
だが、顔を伏せて夏樹の隣に座った雪夜の……
赤く染まった首筋と耳を見ていると……
ちょっとからかいたくなる。
……ねぇ雪夜、ナニをすると思ったの?
***
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