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夜明けの星 8.5-7(夏樹)
「ねぇねぇ、なっちゃ~ん」
明け方、リビングでストレッチをしている夏樹に、クマのぬいぐるみが話しかけて来た。
「……」
「ねぇってばぁ~!」
「ハァ~~~……なんですか?」
なんとかスルーしようとしていたのだが、あまりにしつこいので仕方なくわざと大きなため息を吐いて返事をした。
「昨夜はどうだったの?」
「ナンノコトデスカ」
「またまた~。とぼけても無駄だよ~?いい雰囲気になったんでしょ?」
クマのぬいぐるみには罪はない。
だが、今はその愛嬌のあるクマの顔と裕也のからかうような声が重なって若干イラっとする。
あらゆるところに設置されている裕也のカメラだが、夏樹の家 には今のところ、このクマのぬいぐるみにしか取りつけられていない。
だから裕也には寝室内での様子はわからないはずだが、昨夜、夏樹が温タオルを用意しているのを見て何かあったと察したらしい。
「どうなんでしょうね~?」
「あれれ~?うまくいかなかったの?」
「別にそういうわけじゃ……」
「まぁ、うまくいってればこんな時間に起きて来てないか~……」
「くっ!……そうですね!わかってるならそっとしておいてくださいよ!」
夏樹はいじけてヤケクソ気味に答えた。
裕也は歪んだ性癖をしているものの、他人の性生活を覗くような趣味はない。
そのはずなのに……今日はやけに詳しく聞いて来ようとする。
一体なんなんだ?暇つぶしにしてはなんか変だな……
「ねぇ……なっちゃん?」
「はい、なんですか?」
さっきまでふざけた声だったのに急に真剣な声になったので、思わず夏樹も真面目に返事をした。
「もしかして……しばらく使ってなかったから勃 たな……」
「それは大丈夫ですっ!ちゃんと勃つし、使えますっ!!何なら今朝も絶好調でしたけど!?って朝っぱらから何を言わせるんですかっ!?」
クマのぬいぐるみに向かって声を抑えて怒鳴ると、ぬいぐるみの頭に軽く手刀を入れた。
「え~?だって使ってないのになんでわかるのさ~?」
「使ってはないですけど、性欲はありますから」
この数年間、雪夜が子どもの状態だったので、ずっと付き添っていた夏樹は禁欲生活だった。
子どもに欲情なんてしないだろうと思うかもしれないが、いくら精神年齢が子どもの状態でも、見た目はそのままだし、雪夜は何歳だろうと変わらず可愛いし、愛する恋人に思いっきり甘えられて、べったり引っ付いてこられて……何も感じないわけがない。
風呂に入れる時などは気合で無の境地になって性欲を抑えていたが、常にそんなことをしているとさすがにキツイので、普段はムラッとしたら雪夜が寝ている間に適当に自分で処理していたのだ。
昨夜も……キスをねだってくる雪夜が可愛くて実は夏樹も軽く反応していた。
まだ抱くのは無理だと頭ではわかっているけれど、ようやく恋人相手に気持ちを抑えなくてもいいのだと思うと、嬉しくて……
本能的に身体が反応するのは……仕方ないでしょ?
……って、あれ?
もしかして裕也さん……俺が勃起不全 になってないか心配してくれてたのか?
「ん?うん!だって……雪ちゃんが一応元に戻ったっていうのに、全然イチャイチャしてる様子が見られないからさ~。なっちゃんは雪ちゃんが入院してた時とかちょっと精神的に参ってたし、雪ちゃんに関しては精神的に弱気になるから、もしかしてEDになってたり~?……ってちょっとね……」
「あ~……まぁ……」
たしかに、雪夜が昏睡状態だった時には夏樹も軽くうつ状態になっていたし、兄さん連中にもかなり心配をかけた。
今だって雪夜に関していろいろと弱気になることもある。
が、まさか……
「ブハッ!」
「ちょっと!?何笑ってるのさ!?」
「いや……はははっ!すみません、まさかそんな心配をされてるなんて思わなくて……はははっ!」
「もぅ!こっちは結構本気で心配してたんだからね~!?」
「すみません、ありがとうございます!今のところは大丈夫ですよ」
「ならいいけどぉ~……あっ」
一瞬、雪夜の悲鳴が聞こえたので二人して息をひそめて耳をそばだてた。
「……ちょっと見てきます」
***
「雪夜?目が覚めた?」
ベッドの端に腰かけて掛布団をめくる。
夢にうなされている時は、息苦しさに布団を蹴とばしていることが多い。
布団を被って丸まっている時は……うなされて目を覚ました時だ。
「おいで、怖い夢でも見た?」
「だ、だい、じょぶ……れしゅ……」
「そう?」
夏樹は雪夜の返事を軽く受け流すと、ベッドの上で顔を伏せてダンゴムシのように丸くなっている雪夜を膝の上に抱き上げた。
「よしよし、怖かったね」
「ん……」
まだ少し寝ぼけているのか雪夜が素直に夏樹に抱きついてきて胸元に顔を擦りつけた。
「……どんな夢だったの?」
「……ねぇね……が……っあ!なん……何でもないですっ!!俺、あれ?」
何か言いかけていた雪夜は、途中でハッと目を開けると慌てて起き上がった。
せっかく「ねぇね」の話しが聞けそうだったのに……今日もダメか……
心の中で舌打ちをした夏樹は、「おはよう」と雪夜に微笑みかけた。
「あ、お、おはようございま……ぅっ!」
夏樹にペコッとお辞儀をしかけて、一瞬雪夜が顔をしかめた。
「どうしたの?どこか具合悪い?」
「ぇ……あ、いえ……だいじょうぶ……です」
「ホントに?」
「あ、はい……大丈夫です」
大丈夫とは言いつつも、雪夜の顔から表情が消えてちょっと眉間に皺が寄った。
「朝ご飯、何か食べられそう?無理?吐きそう?」
「あ……たべ……ます。大丈夫で……っ!」
雪夜がパッと顔を上げて返事をしかけてまた顔をしかめた。
あ……もしかして……
「雪夜、痛み止め飲もうか」
「……ぇ?」
「痛いんでしょ?」
「だ、大丈夫です!あの、そんなに痛……くはないので……」
「うん、あっちこっち痛いんでしょ?どこが一番痛い?」
「す、すこし……だけ……あの、でも我慢できなくはな……」
「いや別に我慢しなくてもいいんだよ。それしばらく痛いと思うし」
「ぇ……あの……何でそんなこと……わかるんですか?」
「あ~……そりゃまぁ、原因はたぶん俺だし?」
夏樹は笑いを堪えつつ、ちょっと視線を逸らして頬を掻いた。
「……原因?」
雪夜がキョトンとした顔で夏樹を見る。
「それは……どういう意味で……っ!?」
「あ~ほら、とりあえず痛み止め飲もう。おいで」
「ぅ~~……夏樹さあああん!!にゃんですかこれぇえ~~……っ!?」
雪夜は、よほど痛いのか夏樹が抱っこすると文句を言いつつしがみついてきた。
「はいはい、痛いよね~。さっさと薬飲んじゃおうね~」
「ぅ~~~~……くすりヤダぁああ~!!」
「ごめんごめん、雪夜の好きなプリン作ってあげるから頑張って薬飲もう?」
「ぷりん~~~……」
「生クリームもつけましょうか?」
「なまくりーむ!」
「さくらんぼはないから、旗でも立てようか?」
「はた!……え?プリンに?」
「プリンに立ててもいいんじゃない?」
「……ですね!……っ!」
雪夜は薬が苦手だ。
しっかり目が覚めている時はあまり文句を言わずに頑張って飲んでいるが、寝起きに突然の痛みと苦手な薬の組み合わせで、雪夜は若干甘えモードになっていた。
痛がりつつもプリンの話しに食いついて来た雪夜に夏樹は思わず苦笑した。
***
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