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夜明けの星 8.5-8(夏樹)
薬が苦手な雪夜にとっては、痛み止めの薬が一錠増えるだけでも大事件だ。
「痛くない、我慢できる、お薬飲みたくない」と駄々をこね、夏樹が問答無用で飲ませるとテーブルに突っ伏していじけていた。
雪夜はそのまましばらく半泣き状態だったが、夏樹の手作りプリンを食べてようやく機嫌が直った。
その頃には痛み止めも効いてきて、甘えモードも終了していた。
甘えモードは継続してくれても……っていうか、継続してくれた方がいいんだけどね……?
俺はプリンを作ってたから全然構ってあげられなかったし……!!
でもまぁ……
「おいし?」
「んぐっ!」
口いっぱいにプリンを頬張りながら雪夜が頷いた。
「そか、良かった。プリンは逃げないから、ゆっくり食べてね」
夏樹は微笑みながら雪夜の口の端についた生クリームを指で拭 って舐めた。
プリンが甘いので生クリームは少し甘さ控えめにしてある。
「ぁ……すすすみません……」
「ん?」
頬を染めた雪夜が俯いてゴシゴシと口を拭った。
あ……しまった。
つい子ども雪夜の時のクセが……
「ごめ……」
って、別に恋人同士なんだし、謝ることじゃない……よね?
これは前からしてたはずだし!?
「んん゛……あ~……雪夜、甘さはそれくらいで大丈夫?」
夏樹はちょっとうなじを掻いて、話を変えた。
「あ、は、はい!おいしいです!あの、俺、夏樹さんのプリンが一番好きです!」
「ふふ、そう?ありがとう!じゃあ、また作るよ」
「はい!」
別荘で過ごしている間に新しく始めたことの一つにお菓子作りがある。
自分が特別甘党というわけではないのでお菓子系には興味がなかったが、雪夜が入院中、お見舞いのシュークリームを喜んで食べていたのを見て、ちょっと興味が沸いたのだ。
作り方を調べて、試行錯誤して、ようやく舌触りのいいものが作れるようになってきた。
雪夜はどんなものでも「美味しいです」と食べてくれるが、やはり食いっぷりが違うので最初の頃のはまずかったんだろうと思う。
雪夜は今でも食欲がない時はプリンやゼリーくらいしか口に出来ない時もある。
そんな雪夜の喜ぶ顔が見たくて……少しでも食べて欲しくて……
日々美味しいプリンの作り方を研究中なのだ。
別荘とはオーブンの種類が違うから、もうちょっと温度調整して試してみないとだな……
***
「――それで、あの……痛いのは夏樹さんのせいってどういうことなんですか?」
プリンを食べ終わってすっかり通常状態に戻った雪夜が、ココアを飲みつつ夏樹を見た。
「あぁ、え~と……雪夜、昨日軽くイったの覚えてる?」
「……ぇ、イっ……ええ!?ちょっと待っ……ぅっ……」
驚いた雪夜が急に立ち上がりかけて、一瞬顔をしかめる。
痛み止めが効いていると言っても、激しく動いたり、急に動いたりすればやっぱり鈍痛は走るのだろう。
「うん、まぁ……ほら、昨日キスしたでしょ?」
「……へ?あ……はい」
ちょっと眉間にしわを寄せたまま、雪夜が慎重に座り直した。
「その時にちょっと軽くイったから……そのせいだと思うんだよね。その痛み」
夏樹がテーブルに肘をついたまま雪夜の腹部を指差した。
「え?」
「まぁ、いわゆる……筋肉痛だね」
「きん……にく……つう??でも……だってあの、結構痛い……背中とかも……」
「あ~うん……」
だって雪夜しばらく自慰行為もしてなかったから射精 すのも久々だっただろうし、あれって普段使ってない部分に力が入るから……ね?
それに、雪夜の場合感じやすいからすぐにあっちこっちに力入っちゃうしな~……
「ぇ……ええええっ!?じゃあ、これってホントにただの……筋肉痛なんですか?」
「うん、まぁたぶん?」
「ただの……筋肉痛……?……~~~~~っ!」
雪夜の顔が一気に赤く染まって、涙目になった。
あれ?ヤバい怒った?
「お、俺あの……あの……えっと……ちょっと寝てきます……」
雪夜がゆっくり立ち上がり、よろよろと寝室へ向かう。
「え?あ、うん……大丈夫?」
夏樹が心配して一緒に行こうとすると、雪夜が全力で拒否って来た。
「大丈夫ですっ!!全然大丈夫ですっ!!ホントに全然だっ……ゲホッ!ぃ゛っ……!だ、大丈夫です!」
「……そか」
夏樹は一瞬下ろしかけた手を伸ばして雪夜の腰に回すと、抱き上げた。
「え、あの、夏樹さん!?」
「うん、なあに?」
「俺大丈夫で……」
「俺がだいじょばない」
「……え?」
「言ったでしょ?俺が原因だって。だから、雪夜が我慢することないんだよ」
「我慢?」
「俺に怒っていいんだよ?文句でもなんでも聞くよ?筋肉痛は変わってあげられないけど……」
子ども雪夜の時や甘えモードの時のように、普段からもっと素直に感情をぶつけてきてくれればいいのに……
何も言わずに自分の内側に溜め込んで拒否られるのは……結構キツイ……
「あっ、違っ!……あの、そうじゃなくて……は……」
「は?」
「恥ずかしかっただけですぅうううっ!!」
雪夜が両手で顔を覆いながら叫んだ。
「……え?」
恥ずかしかっただけ?
「何が?」
「だ、だから、あの……き、キスだけでイ……っちゃったのとか……それでこんなに筋肉痛になってるのとか……ただの筋肉痛なのに痛いって大騒ぎしちゃったこととか……あの……いろいろと情けないっていうか……恥ずかしくて……それでっ!」
「あ~……あぁ、なるほど。……ふ、ははっ、そっか……はははっ!」
「……すみません……」
夏樹は雪夜を抱っこしたままベッドに座ると、小さい声で謝って来る雪夜の頭をポンポンと撫でた。
「謝らなくていいよ、俺が勝手に早とちりしただけだし……あはははっ」
ホッとしたら笑いが止まらなくなった。
「……ふふっ……」
雪夜は何とも言えず申し訳なさそうな情けない表情をしていたが、夏樹があまりにも笑うのでつられてクスクスと笑った――
***
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