552 / 715

夜明けの星 8.5-11(夏樹)

 雪夜は、記憶があやふやなところがある……ということを夏樹に打ち明けてから、少し気が楽になったようで、前ほどは思い詰めている様子はなく、思い出せないことは素直に「すみません、いつのことでしたっけ?」と聞いてくれるようになった。  いちいち謝らなくてもいいんだけどね……?  まぁ、それはもう雪夜の口癖みたいなものでもあるし、あまり言うとまた気にして喋ってくれなくなるかもしれないので、あえてスルーすることにした。  ちなみに、佐々木たちがしょっちゅう電話をしてきてくれていたのは、大学生になってからの雪夜の記憶の整理を手伝ってくれていたからなのだとか。  ただ、夏樹とのことに関しては佐々木たちにはわからないので、夏樹にも今の状態をちゃんと話すようにと雪夜を諭してくれたらしい。 *** 「雪夜、こっちに来て」 「はーい!」 「あ、急いで飲まなくてもいいよ。お茶も持っておいで」  雪夜から打ち明けられた数日後、夏樹は風呂上りに雪夜をソファーに呼んだ。  お茶を飲んでいた雪夜は、結局一気飲みをしてコップを洗ってからやってきた。 「なんですか?」 「うん、まぁ座って?」 「はい!」  雪夜にとりあえず座るよう促すと、雪夜はごく自然に夏樹の膝にちょこんと座った。  ……んん? 「……」  一瞬の沈黙。 「あれ?……ぅわっ!!すすすみませんっ!!俺間違って……いや、あの、決して夏樹さんを椅子と間違えたわけじゃなくてですね!?あの……あ(いた)っ!~~~~っ!!」  雪夜が突然パニクって立ち上がり、向こう脛をテーブルに思いっきりぶつけた。 「いやいやいや、なんで逃げるの!?ここで大丈夫だから!っていうか、間違ってないから!」 「いや、あの……でも、違っ、あの、ホントにすみませんっ!」 「それはいいから、足見せて?今スゴイ音したよ!?」 「あ、こここれは全然大丈夫です!!あの、お気になさらずぅうう~~!!」  雪夜はぶつけた足を押さえつつ慌てて夏樹から逃げようとした。 「だ~め!見せなさい!」 「ひぃ~ん……」  夏樹はあっさり雪夜を捕まえソファーに座らせると、パジャマパンツの裾を膝まで捲し上げた。 「あ~ほら、痛そう……冷やそうか」 「あの、これくらい全然大丈夫ですからっ!!ちょっとぶつけただけだし!」 「ダメだよ。早く冷やしておかないと後から青痣になっちゃうよ?」 「ぁぅ~……」 「はい、これあてて」 「……ふぁ~ぃ……」  半泣きになっていた雪夜は、ちょっと口唇を尖らせて夏樹から氷の入ったビニール袋を受け取り、患部に当てた。  夏樹はそんな雪夜の様子にちょっと苦笑すると、隣に座って雪夜の突き出た口唇を指でつまんだ。 「ぅみゅ!?」 「ほら、ちゃんと冷やす!それとも俺が冷やそうか?」 「んん~~!!じ、自分でできましゅ!」 「おや、残念――」  雪夜が夏樹たちに距離を取っていた理由の一つは、記憶の時系列がバラバラになっていることを知られたくなかったから。  そして、もう一つの理由は……だ。  この数年間、子ども雪夜になっていたで、夏樹たちといると抱きついたりべったりひっついたりと、つい甘えたくなるらしい。    え、弊害?どこが!?  むしろ、甘えてくれるのはウェルカムですけど!?  もちろん、雪夜も夏樹に甘えたい気持ちはあるようだが、今の雪夜の状態ではという気持ちの方が勝ってしまうらしい。  それなのにたまに無意識に抱きついてしまいそうになったり、甘えたい欲求が高まったりするので、自分の中で葛藤がスゴイのだとか。  うん、まぁね……俺の知ってる雪夜はかなりな照れ屋だから、葛藤するのはわかるけど……  でも俺は恋人なんだから別にいつでもべったり甘えてくれていいんだよ?  抱きついてきてくれたり、さっきみたいに自分から膝にきてくれたりすると、嬉しいよ?  だいたい、夏樹も兄さん連中も、雪夜がひっついてきたら喜びこそすれ怒ることは絶対にない。  そう伝えてはいるが、恥ずかしいものは恥ずかしいので、どうしようもないらしい。 *** 「雪夜、足どんな感じ?」 「あ、あの、冷やしてれば大丈夫ですっ!」 「ちょっと見せて?」  ぶつけたせいなのか、氷を当てていたせいなのかわからないが、だいぶ赤くなっていた。 「同じ部分ばかり冷やし過ぎかな。冷たくなってきたらずらしていかないと……しもやけみたいになっちゃうよ?」 「っ!……は、はいっ!……ん、っ……!」 「ん?」 「ナ、ナンデモナイデス……」 「ふ~ん?」  夏樹は雪夜の患部を軽く撫でているだけなのだが、夏樹が指を動かす度に、雪夜がピクリと反応する。    いや、そんな反応されたら楽しくなってきちゃうからダメだよ……  しかも必死に平静を装っているのが何とも……  夏樹は氷を当てている雪夜の両手を上から片手で押さえつつ、膝まで捲し上げていたパジャマの隙間から太ももに指を滑らせた。   「っぁ……!夏っ……!」 「どうかした?」 「ぁ、ぁの……手……が……っ」 「うん、雪夜はちゃんと氷押さえてなきゃダメだよ?」  雪夜の耳元で囁いてにっこり笑いかけると、赤くなっていた雪夜の顔が更に赤くなって首まで染まり、顔がぐしゃっと歪んだ。    あ、もう限界かな?  そう思った次の瞬間…… 「ああああの!!なななにか用があったんじゃななないんですかあああっ!?」 「ぅぶっ!」  パニクった雪夜が持っていた氷入りの袋を夏樹の顔に勢いよく押し付けてきた。  水ならまだしも、氷が入っているので結構……痛い…… 「ああああ!!ごごごめんなさいっ!顔!夏樹さんの顔がっ!!一体誰がこんなことを……っ!って、俺だぁああ!!あの、あ、タオルっ!!タオルどうぞ!!」 「ありがと」  夏樹は顔を拭きながら、  雪夜に手を出すのは、を持ってない時にしよう……  と、心に決めたのだった。 ***

ともだちにシェアしよう!