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夜明けの星 8.5-12(夏樹)

 顔面蒼白でひとしきり大騒ぎをした雪夜は、夏樹が顔を拭いている間にソファーから下りるとクマのぬいぐるみの陰に隠れて小さくなっていた。    まったく……そういう時は動きが早いんだよな~…… 「雪夜、俺別に怒ってないよ。今のは俺がちょっとふざけすぎただけだし。ほら、戻っておいで」 「……でも俺……夏樹さんに……っ……ひっく……迷惑ばっかり……っかけちゃうから……」 「え?足が痛くて動けないから迎えに来て欲しいって?も~しょうがないな~」 「……へ?ぇっ、あの……ぅわっ!?」  夏樹はクマのぬいぐるみの陰で膝を抱えている雪夜を抱き上げると、ソファーに座った。 「はい、自分で冷やしてね。俺がやるとまたふざけちゃうから。それじゃ本題に入るよ~?」  雪夜に氷の入った袋を渡した夏樹は、雪夜を抱っこしたままテレビのリモコンに手を伸ばした。   「ふぇ?あ……はい……」  ちょっとネガティブ思考に陥っていた雪夜だったが、何事もなかったかのように話しを進めて行く夏樹に驚いて泣き止むと、言われるまま足を冷やし始めた。 「えっとね、俺と出会ってからのことだけど、半年間のことはもうわかったよね?」 「……あ、えっと……俺が……夏樹さんに嘘を……」 「うん、そう。雪夜が嘘をついてくれたおかげで出会えたって話ね」  この数日は、雪夜と出会ってからの半年間の記憶の整理をした。  半年間と言っても、会っていたのは週に一回だけだったし、それも夏樹が残業になったり、雪夜が大学の行事等で忙しかったりで予定が流れることもあったので、実際にデートをした回数は……少ない。  雪夜と一緒に記憶を整理をしながら、改めて雪夜とのデート回数の少なさを実感した。  しかも、会うのはたったの数時間でそのほとんどが夏樹の家(ここ)でセックスをしていただけだ。  え、何それ。俺マジで最低野郎だな……  その頃の夏樹にはまだ雪夜に対して思いやりだとか優しさだとかそんなものは持ち合わせてなかったし、無意識な言動でたくさん雪夜を傷つけていた。  夏樹にしてみれば自己嫌悪の黒歴史ばかりなので、出来ればその半年間のことは忘れ去って欲しい……  雪夜にしても、夏樹に嘘をついて恋人になってもらったとずっと気に病んでいたので、忘れているならもう忘れたままでいい。  だが、二人の出会いを聞かれると話さないわけにもいかず……  出来るだけ明るくサラッと話したつもりだが、やっぱり雪夜は自分が夏樹を騙していたことに落ち込んでいた。   「……すみません……」  雪夜がしょんぼりと項垂れた。 「はい、ペナルティ」 「ぇ?あっ!」  夏樹の言葉に、雪夜が慌てて口を押さえた。 「どっちでもどうぞ?」 「あ……ぅ~~……」  夏樹が軽く眉をあげて促すと、雪夜はちょっと視線を泳がせた後、夏樹の頬に軽く口付けた。 ***  二人の出会いを話すことで雪夜がまた自分を責めて落ち込むことは目に見えていたので、夏樹は、出会った頃の話をする前に一つ雪夜と約束をした。  『謝らないこと』  俺は雪夜に出会えて良かったし、雪夜と付き合ったことに関しては何も後悔なんてない。  だから、俺に嘘をついていたこと、騙していたことについて、俺に謝らないで欲しい。  とはいえ、まぁ、無理なのはわかっていたので、ペナルティも用意した。  もし謝ったら、ペナルティとして雪夜から「大好き」と言うか、キスをすること……  ペナルティはただのだ。    一応ペナルティの内容は毎回雪夜に選ばせるのだが、「大好き」と言うよりもキスの方がハードルが低いらしく、雪夜は大抵キスをしてくれる。  しまった、キスは口限定にしておけば良かった……  自分の中ではキス=口唇だったので、雪夜が頬にしてきた時には、「そう来たか……」とちょっと心の中で悔し涙を流した。  それはともかく…… 「ん?今ホントにした?」 「し、しましたよ!!」 「一瞬過ぎてわからなかったな~」 「えええ!?でも、ちゃんとしたもん!」 「もう一回」 「もう一回!?う~~……」  雪夜は唸りつつも今度は夏樹の首に抱きついてきて、さっきよりも長めに頬にキスをした。 「はい、ありがと」  夏樹はにっこりと笑って雪夜の両頬にキスを返した。 「――じゃあ、今日はその続きね」 「続き?」 「一回別れて、もう一回ちゃんと付き合い始めてからの話しね」 「ぁ……はぃ」  ちゃんと恋人同士になって同棲を始めてからは毎日雪夜とラブラブでね……と言いたいが、雪夜にとってはトラウマ級の出来事ばかりが続くし、そのせいでずっと不安定状態になっていたので、話したところで雪夜の記憶にはあまり残っていないはずだ。  どう話そうか悩んだ夏樹は……先にある映像を観せることにした。 「夏樹さん?あの、何を観るんですか?話は?」 「ん~?俺の宝物だよ。話はまぁ……これを観ながらね」 「宝物?」 「うん、はい、始まるよ~」  夏樹が再生を押すと、画面には『~Smile~』の文字が現れた――…… ***

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