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夜明けの星 8.5-13(夏樹)
夏樹が流したのは、雪夜が昏睡状態だった時に、兄さん連中が夏樹の誕生日プレゼントにと作ってくれた、雪夜の笑顔ばかりを集めた動画だ。
(もちろん、クマのぬいぐるみに話しかけているシーンはカットしてあるバージョンだ。)
もう何回観たかわからないくらい観ているが、毎回この動画を初めて観た時のことを思い出して泣きそうになる。
今思えば、あの時が一番精神的に参っていたのだと思う。
夏樹が先の見えない不安と戦いながらも雪夜が目を覚ますまで待てたのは……
夏樹のことを忘れてしまった雪夜にずっと傍で寄り添えたのは……
きっと、このスマイル動画のおかげだ。
夏樹を支えてくれていた兄さん連中も佐々木たちもみんな同じ想いだったのだと思う。
いつかまた雪夜のこの笑顔が見られる……そう信じて……それだけを楽しみにして……
***
「これ……俺?……俺がいっぱい……」
もしかしたら照れて怒るかもと思っていたのだが、意外にも雪夜は次々に現れる自分の笑顔に、じっと見入っていた。
「……」
「……雪夜?」
動画が終わっても雪夜はしばらく何も映っていない画面を微動だにせずに見つめていた。
静かに見守っていた夏樹だったが、さすがに心配になって雪夜を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「……俺……あんな顔してるんだ……」
雪夜が画面から目を離さずにぼんやりと呟いた。
「……ん?」
「俺、笑った時……あんな顔?……あれって、ホントに……俺?」
「うん、そうだよ?どうしたの?」
一応会話にはなっているが、明らかに心ここにあらず……という雪夜に、夏樹は嫌な予感がした。
「なんていうか……もっとひどい顔してるのかと思った……」
「ひどい顔?雪夜はいつだって可愛いよ?」
「だって……ねぇねが……俺が笑うと……気持ち悪いって……」
「っ!?」
ねぇねが……気持ち悪いって?
雪夜から聞き出そうと思っていた「ねぇね」の話しがこんなところで出て来ると思わなかったので、夏樹は一瞬息を飲んだ。
雪夜は姉に崖から突き落とされた時にいろいろと暴言を吐かれたらしいから、その時のことを思い出したということかな?
笑うと気持ち悪い……か……
雪夜の自己評価が低い理由は工藤に記憶を弄られたせいもあるが、姉に存在を全否定されたこともずっと無意識に心に引っかかっていたのかもしれない。
雪夜は義理の兄たちや夏樹たちにいくら「可愛い」と言われても、自分は不細工だ、と思い込んでいるようなところもあったし、「笑って」と言われるとぎこちない笑い方になっていたのも……
もしかして自分の笑顔が気持ち悪いと思っていたから?
雪夜は自分が零した言葉にまだ気づいていないらしい。
画面を見つめたまま、ぶつぶつと呟いていた。
どうする?このまま「ねぇね」の話しをもう少し詳しく聞いてみようか……でも、変に刺激して混乱させたくない……
「……雪夜」
夏樹は少し考えた後、雪夜をぎゅっと背後から包み込んだ。
「俺の宝物はどうだった?」
「……ぇ?」
「言ったでしょ?これは俺の宝物だよって」
「たから……もの?」
「うん、俺だけじゃなくて、みんなの……だけどね?」
「みんなの?」
「何が映ってた?」
「……俺……」
「うん、雪夜はどんな顔してた?」
「……笑ってた……」
「そうだね。これが俺の宝物だよ。でもあれは、俺に向けられたものじゃない。あの視線の先にいるのは、兄さんたちや佐々木たちなんだよ。兄さんたちが撮りためていた雪夜の笑顔を、俺の誕生日にプレゼントしてくれたんだ」
そう……この動画で唯一切ないのは、この雪夜の笑顔は俺に向けられた笑顔じゃないということ。
雪夜は俺が写真や動画を撮ろうとすると全力で拒否っていたので、俺のフォルダにあるのは寝ている雪夜か隠し撮りをしたものばかりだった。
「……ぇ、誕生日?夏樹さんの誕生日だったんですか?」
ようやく我に返った雪夜が驚いた顔で夏樹を見た。
え、そこ?
反応するところ、そこなの!?
「うん、そうだよ。俺の誕生日プレゼントに裕也さんたちが作ってくれたんだよ」
「え、いつですか!?俺誕生日プレゼント渡しましたっけ!?」
「今もらってるよ」
「え?」
「この時はちょうど雪夜は長い夢の中にいたからね。この時俺が雪夜にリクエストしたプレゼントは――」
――雪夜が目を覚まして、また俺に笑顔を見せてくれること。
それが俺にとって最高のプレゼント。
他には何もいらない……
「だから、今雪夜がこうやって、俺の名前を呼んで、俺に笑顔をいっぱい見せてくれるのが何よりの誕生日プレゼントなんだよ」
「あ……えっと……」
「俺にとって雪夜は宝物なんだ。だから、怒った顔も、拗ねた顔も、泣いてる顔も、困った顔も……どんな雪夜も宝物で、大好きだよ。だけど、一番は……笑ってる顔なんだ。俺は雪夜の笑顔が一番大好きだよ」
雪夜にとって、ねぇねの言葉が、ずっと呪いのように残っているのなら……
俺が呪いを解くよ。
これから先、どれだけ時間がかかっても。
呪いを上回る程の強い言霊 をかけてあげるよ。
何度でも何度でも……
雪夜のことが大好きだよ……
雪夜の笑顔が大好きだよ……
誰よりも……何よりも……
「俺……あの……俺も……夏樹さん……の笑顔が……好きです」
「俺の?」
「ホッとするっていうか……嬉しく……なるから……一番……大好きです」
雪夜は言葉に詰まりながら呟くと、夏樹の顔を見て、はにかみながら笑った。
「雪夜~~!あ~もう可愛い!ありがと!」
夏樹は満面の笑みで雪夜を抱きしめると、「ありがとう……大好きだよ」ともう一度囁いた――
***
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