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夜明けの星 8.5-15(夏樹)
「雪夜、お風呂入ろうか」
「ふぇ!?あ、は、はい。あの……俺もう子どもじゃないし、ひとりで入れますよ!?」
「……ん~?うん、そうだね。ひとりで入れるかもしれないけど、俺が一緒に入りたいんだよ。ダメ?」
「ぅ……だ、だめではないですけど……」
「良かった!じゃあ入ろう!」
「ぁぅ~~……」
最近、雪夜の様子がおかしい……
スマイル動画のおかげで夏樹と同棲を始めてからの記憶はだいぶ思い出したはずなのに、なぜかお風呂を一緒に入るのをイヤがる……
もちろん、年齢的にはひとりでも大丈夫なんだけど、雪夜は客船事故のことも思い出しているはずだから、水のトラウマも出てきているはずだし……そもそも同棲してからはお風呂はずっと一緒に入ってるよ?
それに、ベッドでも……寝入ってしまうと雪夜から抱きついてくるのに、寝入るまでは極力夏樹から離れてベッドの端にいってしまう。
え、なんで?
思い出したんだよね!?
そりゃたしかに、以前だって不安定じゃない時はあんまり甘えてくれなかったけど、それでも……雪夜から抱きついてくれたり、キスしてくれたりって……だいぶ距離が近付いてたはずなんだけど……あれ?もしかして俺の記憶違いだった?
それとも……
***
『へぇ~、あの動画を使ったのか』
『はい、雪夜は映像や画像があった方がわかりやすくていいと。傍から見ても、言葉だけで説明するよりはだいぶ整理しやすそうでしたね』
『そりゃそうだろうな。んで、せっかく思い出したのにまたよそよそしくなったって?』
『……まぁ……同棲を始めてから雪夜にとっては災難続きでしたからね。……いくらスマイル動画を使って楽しい思い出の方を多めに話したところで、隣人トラブル、緑川の件、客船事故――……サラッと流してもインパクトの強い内容ばかりですから……しかもそのほとんどが俺のせいだし……』
……まぁ、隣人トラブルは同棲前……っていうか、同棲を始めるきっかけになった出来事だけど……
改めていろいろと思い出したら、俺のことがイヤになったのかな~……
「それはないと思うけどなぁ……」
斎が呟きながら両手を上にあげて大きく伸びをした。
『だって、あれはお前のせいじゃないだろ。それに、それらの出来事を改めて思い出してお前のことがイヤになるくらいなら、この数年間は何だったんだよ?ナツのことが好きだから、子どもに戻っててもずっとナツにべったりだったんじゃねぇの?』
『……それは……でもじゃあ何で急によそよそしくなったんですか!!』
『知らん!本人に聞いてみろよ?もしかしたら、お前が気にし過ぎてるだけかもしれねぇぞ?』
『そうですね……』
斎の言う通りかもしれない。
今の状態に戻ってから夏樹たちによそよそしかったのだって、記憶があやふやになっていることを知られたくなかっただけだったし……
今回も何かそういう理由があるのかも!?……というか、あってほしい!!
『ヤングには聞いてみたのか?』
『佐々木ですか?』
『雪ちゃんのことだから、ヤングになら何か相談してるかもしれねぇだろ?』
『でも、佐々木に相談しているなら、佐々木から俺にこっそり連絡が入るはずなんですけど……』
『それもそうか……じゃあ、やっぱりお前の気にし過ぎってことだろ』
『ですかねぇ……』
佐々木が黙っているとすれば、やっぱり俺にはあまり言えないようなこと……?
「ヴぁ゛~~~……」
夏樹は頭を抱えて唸りながらソファーに倒れこんだ。
「ま、ちょっと休憩しろ」
斎が苦笑しつつコーヒーカップを片手にソファーまでやってきて夏樹の頭をポンポンと撫でた。
「ふぁ~い……あ、ありがとうござ……」
ソファーに寝転んだ夏樹がカップに手を伸ばそうとすると、斎がヒョイとカップを遠ざけた。
「これは俺のコーヒーだよ。飲みたきゃ自分で入れて来い」
「えええ!?今のは俺の分を入れてきてくれたって流れでしょ!?」
「なんだよ流れって。斎さんは優しいから頭を撫でに来てやったんだよ?」
「優しいならそのコーヒーくださいよ!!」
「しょうがねぇなぁ。そんなに言うなら……あと一口しかねぇけどやるよ」
「すみません、自分で入れてきます……」
「ついでに俺の分も入れて来て」
斎がいい笑顔で夏樹にカップを渡した。
「最初からそれが狙いですね」
「ははは、もひとつついでに何か軽く作って。腹減った」
「はいはい」
夏樹は頭をガシガシと掻きながら起き上がると斎からカップを受け取りキッチンに向かった。
休憩……ね。
夏樹の料理の師匠は隆と斎だ。
だから普段ならこういう時には斎がササっと作ってくれる。
その斎がわざわざ夏樹に作らせるということは……
料理でもして気分転換しろってことだな……
夏樹はフッと笑うと軽く食べられそうなものを作るために冷蔵庫を開けた。
***
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