558 / 715
夜明けの星 8.5-17(夏樹)
「あ~……ごめん雪夜、ちょっと仕事のメールが来てるから先にお風呂入っててくれる?」
「へっ!?」
夏樹がテーブルの上のノートパソコンを覗き込みながら雪夜に声をかけると、寝室から出て来た雪夜が着替えの服をバサバサっと落とした。
「え、大丈夫!?」
「あ、だ、大丈夫です!あの、ちょっと手が滑って……アハハハ……」
雪夜がぎこちなく笑うと慌てて着替えを拾った。
「もしひとりで入るのが不安だったら、少し待っててくれたら……」
「ああああ!!だだだ大丈夫ですっ!もうお風呂くらいひとりで!ひとりで入れますっ!あの、あの、えっと、じゃあオレ先に入りますね!」
「ん?うん……え、ホントに大丈夫?」
「全然平気ですっ!あの、夏樹さんも急がなくて全然大丈夫ですよ?ホントに!だからあの、ご、ごゆっくりどうぞ!」
「あ、うん……わかった」
雪夜が大慌てでお風呂に向かう姿を、夏樹は笑いを噛み殺しつつ見送った。
***
雪夜がひとりでお風呂に入りたがる理由を佐々木から聞いた夏樹は、さっそく、雪夜にひとりでお風呂に入る機会を用意してみた。
つまり、仕事のメールは嘘だ。
まさかあんなに喜ぶとは思わなかったけど……
雪夜は、最初は若干動揺が見られたが、その後はむしろテンションが上がっているように見えた。
複雑……
いや、そのテンションが佐々木から聞いたことのためならいいけど……ただ普通にひとりでお風呂に入りたかっただけだったら、俺泣いてもいい?
雪夜が浴室に入るのを待って、夏樹は脱衣所の扉の外から中の様子を窺った。
雪夜本当に大丈夫かなぁ……
佐々木の話しは夏樹にとっても願ったり叶ったりな内容ではあった。
だから、さっそく実行に移してみたわけだが……
夏樹としては期待と不安が半々だ……
今の状態に戻ってから、雪夜が浴室に行くのを怖がったのは最初だけだ。
記憶のすり合わせをしてからは、怖がらずにお風呂に入れるようになったし、水のトラウマもまだ出ていない。
ただ、それは毎回夏樹と一緒に入っているので、雪夜は緊張してトラウマのことなんて考える余裕がなかっただけなのだ。
恐らく雪夜はそのことに気づいていない。
佐々木の言葉が本当だとすれば、今雪夜の頭の中はトラウマどころじゃないはずだ。
でも、ふと我に返った時に急にトラウマに襲われることもあるかもしれない……
ひとりでお風呂に入っている時にトラウマに襲われたら……浴室内でパニクると危険だ。
ひとりで入らせるの……ちょっと早かったかなぁ……やっぱりもうちょっと様子を見てからにした方が……
夏樹が扉の前をウロウロしていると、中から小さい悲鳴が聞こえた。
***
「雪夜っ!?」
夏樹が慌てて浴室の扉を開けると……
「……ぁ……ぇ……?あの……えっと……」
四つん這いになった雪夜が可愛いお尻をこっちに向けた状態で固まっていた。
お、いい眺め。
……じゃなくて!!
「大丈夫!?足が滑ったの?どこか打ってない?」
「~~~~~っっっ!!!」
あ、ヤバい……
雪夜が四つん這いの状態でゆっくりと顔だけ振り返り夏樹を見上げる。
その瞳が潤んできて、首から上……どころか全身がほんのりピンク色に染まった気がした。
「雪夜、落ち着いて!」
「~~~~~っっ!!!」
パニクりすぎて声が出ない雪夜は、首を横に振りながら口をパクパクさせた。
体勢を変えれば楽だろうに、固まってしまって動けないらしい。
「大丈夫だから、落ち着いて?ほら、おいで」
「っ!~~~だ……ゃだ……ヤダ無理ぃいいいいい!!!!」
ようやく声が出たと思ったら、全力で拒否られてしまった……
うん、わかってる。俺のせいだよね。今のは俺が悪いんだよ……
明らかに俺は入るタイミングを間違えたよね……
でもさぁ……普通恋人の悲鳴らしき声が聞こえたら心配するだろ!?
「無理じゃないよ!ちょっと触るよ?」
急に触れると更にパニクるので、形ばかりの一声をかける。
「やっ……触っちゃダメぇええ!!」
「はいはい、ごめんね。もう触っちゃいました」
「わわっ!?や、だぁあああ!!」
夏樹が抱き上げると、雪夜が手足をバタつかせた。
「雪夜!暴れると危ないっ!落ちちゃうよ!?」
「お~ろ~し~てぇええええ!!」
「わかったわかった!わかったから、ちょっと待って!」
裸の状態で暴れられると掴みどころに困る。
う~ん……
「お~ろ~し……ひぇっ!?」
夏樹はちょっと考えた後、パニクっている雪夜をおろすふりをして、抱っこしたまま湯舟に浸かった。
「……っ!?ぁ……ぇ……なつ……ぇえっ!?」
一緒に湯舟に浸かると、それまで暴れていた雪夜の動きが止まった。
というか、驚いてまた固まった。
「な……なつ……夏樹さん!?」
「なぁに?ちょっと落ち着いた?」
「あの……え?あ、はい……えっと……夏樹さん……これ……」
「ん?あぁ、濡れちゃったね」
夏樹は自分の身体を見下ろして軽く眉をあげて笑った。
「な、なんで!?服……ええっ!?服着たままですよ!?」
うん、脱ぐ暇なかったからね?
「ぁ……あの……俺……ご、ごめ……っ」
「ははは、俺何やってんだろね。雪夜と一緒にお風呂に入りたくて、ちょっと焦りすぎちゃった」
「え……?」
「雪夜、服が体にへばりついちゃってひとりじゃ脱げないから脱ぐの手伝って?」
「ふぁっ!?――」
夏樹がにっこりと笑いかけると、雪夜は顔を真っ赤にして視線を逸らしつつも脱ぐのを手伝ってくれた。
***
ともだちにシェアしよう!