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夜明けの星 8.5-24(夏樹)
「――で、どうする?なっちゃん」
雪夜を抱いた翌々日。
クマのぬいぐるみから、いつになく真剣な声がした。
「どうしましょうかねぇ~……」
夏樹は長い息を吐きつつ、クマのぬいぐるみを座椅子代わりにしてもたれかかった。
クマのぬいぐるみ……もとい裕也が言っているのは、昨夜の雪夜についてだ。
「ちょっと~、後頭部しか見えないよ~?」
「それで十分でしょ。クマのぬいぐるみ相手に話してたら俺ヤバい人になっちゃうじゃないですか」
「そんなの今更だし、誰もいない空間に向かって喋ってるのもヤバいと思うけどねぇ」
「ははは……」
「って、こらこら、誤魔化すなぁ~!」
「バレちゃいましたか」
「バレバレだよ!」
裕也といつものように軽口を叩きながら、夏樹は雪夜が眠っている寝室に目をやった。
今朝も雪夜は筋肉痛と疲労のせいで自分で起き上がることが出来ず、大人しく夏樹に抱っこされていた。
先ほど朝食を食べて痛み止めを飲み、もう一度眠ったばかりなので、まだしばらくは起きて来ないはずだ。
「昨夜の雪夜の話……裕也さんはどう思います?」
「う~ん……いくら記憶力がいいと言っても、当時はまだ3歳だったし……無意識に記憶補正をしてる可能性がないわけじゃないけど……」
「でも、信憑性はありますよね……当時は何が起きたのかわかってなかったけど、当時見た光景を今そのまま思い出してみると、言動の意味がわかるっていうのはあるかもしれない」
「そうだね~。僕もそう思う――」
……言動の意味……か……
***
昨夜遅く、夏樹がウトウトしていると腕の中で雪夜がモゾモゾと動いた。
寝返りを打ちたいのかと思ったが、どうも動きがおかしい。
寝たフリをして様子を見ていると、全身筋肉痛で少し動くだけでも呻き声をあげていたはずの雪夜が、まるで猫のようにしなやかに起き上がり夏樹の腕から抜け出した。
そして、夏樹が眠っているのを確認した後、スルリとベッドから抜け出しフラフラと部屋から出ていった。
……あの時と同じだっ!!
それは別荘で夜中にベッドを抜け出してテラスに出て行った時と同じだった。
腕の中にいたはずなのに、ふわっと煙のように消えてしまうのだ。
どこに行った?
夏樹は追いかけずに携帯を手に取った。
玄関やベランダに出るようなら急いで追いかけるが、今のところそんな気配はない。
もしかするとトイレに行っただけかもしれないし……
とはいえ、日中は自分で動けずトイレに行くにも顔を真っ赤にして羞恥に耐えながら「すみません、おトイレに……行きたいでしゅ……」と夏樹にお願いをして抱っこで連れて行ってもらわなければいけなかったほどだ。
夏樹を起こすのが忍びなかったにしても、たった数時間前までそんな状態だった雪夜が、急にひとりで歩いてトイレに行くなんてあり得ない。
夏樹は、携帯からクマのぬいぐるみに取り付けられているカメラの映像を見た。
裕也からメッセージが飛んできたところを見ると、夏樹が同期したことに気付いたらしい。
『雪ちゃんならここにいるよ』
『クマのとこですか?映ってませんけど……』
『今クマのお腹にしがみついてる』
クマのお腹……あぁ、なるほど。
カメラはクマの目につけられているので、お腹のあたりは死角になっているのだ。
確かによく見ると、画面の下の方に雪夜の足の先がチラチラ見える。
『寝てるんですか?』
『ううん……聞く?』
聞く?何か話してるってことか……
『ちょっと待ってください。イヤホンつけます』
『は~い』
『どうぞ――』
恐らくこの時の雪夜はある意味夢遊病のような状態。
苦手なはずの暗闇を見つめ、テラスでぼんやり立っていたあの時と同じ状態だ。
意識はほとんどないはずで、雪夜的には夢の中にいるような感じなのだろう。
でも、だからこそ……話していた内容はきっと……真実で本心なのだと思う……
雪夜がクマのぬいぐるみ相手に語っていたのは、ここ数か月ずっと夏樹が気になっていた『ねぇね』についてだ。
雪夜がうなされている時には必ずと言っていい程『ねぇね』が出て来る。
でも、雪夜自身から『ねぇね』のどんな夢でうなされているのかを聞いたことはない。
というか、『ねぇね』について雪夜からちゃんと話を聞いたことはない。
起きている時に今までに数回、雪夜が「ねぇねが……」と言っているのを耳にしたが、無意識に口にしただけで、本人は『ねぇね』の話しをしたことに気付いていない様子だったので、夏樹も軽く流していた。
その『ねぇね』の話しを、ようやく雪夜から聞くことが出来たのだが……
「あのね、ゆきやのねぇねはね……」
雪夜から聞いた『ねぇね』の話しは意外で、衝撃的だった――……
***
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