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夜明けの星 8.5-29(夏樹)

「ところで、雪夜はクリスマスパーティーのこと、どれくらい覚えてるの?」 「え!?あ、え~と……今年?……の……お正月ですよね?」 「うん」 「あの……えっと……すみません、内容についてはあんまりはっきり覚えてなくて……」  雪夜が申し訳なさそうな顔で俯きつつ、必死に思い出そうと視線を泳がせる。 「ゆ~きや?記憶のピースを探すのはダ~メ!今覚えてることだけでいいんだよ?」  夏樹は、きゅっと力が入った雪夜の眉間を人さし指で軽く押し、頬を撫でた。   「あ、ふぁい……えっと……」 「うん…………んん?」  話しの邪魔をしないようにと思い夏樹が撫でていた手を下ろそうとすると、なぜか雪夜の顔もついてこようとする。  えっと……もっと撫でろってこと……かな?   「ふっ……んん゛……うん、それで?」  にやけそうになるのを抑えて咳払いをすると、雪夜を抱き寄せて頭を撫でつつ続きを促した。  テーブルを挟んで夏樹たちの向かい側に座っている裕也が、ニヤニヤしながら夏樹を見て来るのが非常にウザいが、あえてスルーする。    雪夜は、そのまましばらくぼ~っとした後、夢見心地な目でポツリポツリと話し始めた。 「なんか、いっぱいご馳走があった……――」 「うん」 「――それでね、ツリーもお部屋の中もいっぱいキラキラしてて……――」 「うんうん」 「――あのね、ずっとみんなが笑ってて、俺もいっぱい笑って、すごく楽しくて……嬉しくて……ずっと続けばいいな~って……」  その時のことを思い出したのか、雪夜が嬉しそうに微笑んだ。  夏樹は裕也と顔を見合わせた。   *** 「……って、あっ!す、すみません。あの、そんな感じで……ほとんど覚えてなくて……っていうか、俺語彙力なさすぎてヤバいですね……」  雪夜が急に夢から覚めたようにハッとして身体を起こすと、アタフタと夏樹から離れた。  いや、別に離れなくてもいいんだけどな~…… 「それだけ覚えていれば十分だよ?」 「うんうん、雪ちゃん完璧じゃんか」 「え!?いやいや、でも、あの、お兄さんたちとどんなことをしたとか、話した内容とかはほとんど覚えてなくて……」 「そんなの僕たちも覚えてないよ~?」 「え!?」  裕也がケラケラと笑うので、雪夜が戸惑い顔で夏樹と裕也を交互に見た。 「うん、俺も会話の内容なんてほとんど覚えてないよ?」 「ええ!?」 「あのね、雪夜。みんなそんなもんだよ?すべてを事細かく覚えている人なんてほとんどいないんだよ」    だいたいああいうパーティーの時はみんな酒が入るし……会話の内容も、半分以上意味なんてない。  みんなで集まってどうでもいいことを話して、どうでもいいことで笑って……その空間が何となく心地よくて楽しいからまた集まるんだよ。   「だから、雪夜が『いっぱい笑って楽しくて嬉しかった』ってことを覚えているなら、それでいいんだよ。それだけでいいんだよ。だってがクリスマスパーティーなんだから」 「あの……でも、俺プレゼント交換とかも覚えてなくて……」 「あぁ、それはテンプレみたいなもんだからやってるだけで、プレゼント交換の内容なんてみんな覚えてないよ」 「て、てんぷれ!?」 「そそ、このイベントは大抵みんなこういうことをするよね、じゃあ僕らもやっておこうか~。ってくらいのノリだよね~」 「の、ノリ……」 「うん、ノリだよノリ。だから雪ちゃんもそんなに気にしなくていいんだよ。イベントやお出かけは楽しんだもん勝ちだよ!」  雪夜がちょっと的外れな裕也の言葉に目をぱちくりさせたあと、くしゃっと笑った。 「そっか……楽しんだもん勝ちなんだ……ですね!」 「そうだよ~?何でもないことを精一杯楽しんで、お腹が痛くなるくらい笑って、また次も一緒に集まりたいって思える仲間がいれば、それだけで人生楽しいでしょ?僕くらいの年になると、そういう些細なことが幸せに感じたりするんだよね~」  え、裕也さんが些細なことに幸せを?  裕也さんが!? 「なっちゃ~ん?何か今失礼なこと考えてるでしょ~?」 「えっ!?いや、何も!?そうですよね、裕也さんも一応人間ですよね!」 「ちょっと~!?僕を何だと思ってるの!?」  何って、化け物……   「しあわせ……?」 「うん、俺は雪夜といる時が一番幸せだけどね」  雪夜がポツリと呟いたので、夏樹は裕也をスルーして雪夜に向き直った。 「え!?それはあの、お、俺もです!……よ?」 「……ホントに?俺といると幸せ?」  雪夜がすぐに返事をしてくれるとは思わなかったので、驚いて少し反応が遅れた。 「は、はい!!」 「やった!嬉しぃ~!」 「わわっ!……ふふっ」  夏樹がギュッと抱きしめて頬を摺り寄せると、雪夜がちょっとくすぐったそうに笑った。  いつもの何でもないじゃれ合いだけど……  ――俺といるのが一番幸せなら……お願いだから俺から離れようとしないでね……? 「あ~!!ちょっとぉ~!なっちゃんだけずる~~い!僕もぉ~!」  テーブルを軽く飛び越えて来た裕也が、二人まとめて抱きしめてきた。 「ぎゅぅ~!!」 「ちょっと、裕也さん、俺まで巻き込んでますよ!?」 「だってなっちゃんが離れないんだもん。いいじゃんか、幸せはみんなで分かち合おうよ~!小さい幸せもこうやってさせれば大きくなるでしょ~!?」 「ふふふっ……ケホッ……」  夏樹と裕也に抱きしめられて嬉しそうに笑った雪夜が軽く咽た。 「ちょ、裕也さん力強いですってば!雪夜が苦しいでしょ!?緩めて!」 「ありゃ、ごめんごめん。雪ちゃん大丈夫?」 「ぁ、ケホッ、だ、大丈夫です!苦しくないですよ?」 「これくらいならダイジョーブ?」 「はい!大丈夫です!」 「いや、とりあえず離れてくださいよ~!――」   ***  皮肉なことに、雪夜は子どもの頃の事件のことなど、イヤな記憶、怖い記憶はほとんど鮮明に思い出してしまっているようだ。  だから楽しかった記憶もちゃんと鮮明に思い出したい……という気持ちもわかる。  でも、それなら余計に……  楽しかった記憶を、申し訳なさそうな顔をしたり、謝ったり……と、周囲に気を使って、気後れしながら思い出すのは、何か違う気がする。  そんなのひとつも楽しくないだろう?  記憶を全て思い出す必要はないんだ。  ピースが抜けているなら、そのまま忘れてしまってもいい。  子ども雪夜の頃の記憶は、思い出したいことだけみんなに聞けばいい。  雪夜に必要なのは、“思い出さない勇気”なのかもしれない。  楽しい思い出はこれからまた新しく増やしていけばいいんだ。  雪夜にとってイヤな記憶を、怖い思い出を打ち消すくらい、楽しくて嬉しくて幸せな思い出をたくさん……  みんなと一緒に。  俺と一緒に。    いっぱい笑って、一緒に幸せの欠片を拾い集めていこう―― ***

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