576 / 715
夜明けの星 9-6(雪夜)
学島は連絡もなく部屋を訪れた雪夜に驚いた顔をしつつも、にっこり笑って「お茶でも入れましょうか」と母屋のリビングルームへと誘ってくれた。
一通り理由を話して、学島が入れてくれたココアをちびちび飲んでいると、学島が雪夜の持っている折り紙を指差した。
「――ところで、雪夜くんは今日は何を折るつもりだったんですか?」
「あ、これです!あのね、夏樹さんがね、いつも一緒に折り紙を折ってくれるんですよ」
「うん」
「でね?もうすぐバレンタインだからね、ちょうどいいな~って思って……」
「ちょうどいい?」
「あ~、えっとね……――」
***
朝のリハビリが終わった雪夜は、夏樹が昼食を作ってくれている間、ベッドの上で休憩していた。
枕元にクッションをいっぱい置いてもたれかかりながら折り紙の動画を漁 っていると、バレンタイン用のハートの折り方がトップにいっぱい出て来た。
バレンタインか~……
たしか去年は……って、違う!
あれは何年前になるんだっけ?
え~と……まぁとにかく、俺が客船から落ちて別荘 で療養していた時に、なお姉が一緒に作ろうって言ってくれて、初めて夏樹さんにカップケーキを焼いたんだよね~!
で、夏樹さんが指輪を……あれ?指輪はその後だっけ……前だっけ……?
えっと……あれ?……じゃあカップケーキもバレンタインじゃなかったのかな……?
俺、去年のバレン……じゃなくて!だから、去年じゃないんだってばっ!!
ああああああもう!!!しっかりしろっ!!
なんでぐちゃぐちゃになってるのっ!!
夏樹さんとの思い出は……っ……絶対忘れたくない思い出ばっかりのはずなのに……なんで覚えてないのぉ~~!?
雪夜は若干痛む頭を拳でポカポカと叩くと、ギュッと口唇を噛みしめて涙を堪えた。
夏樹さんや佐々木たちに協力してもらって、大学生になってからの記憶はほとんど思い出した。
でも、まだ全部じゃなくて……微妙に時系列がズレている時がある。
なぜなら、俺にしかわからない記憶もたくさんあるし、このカップケーキのように部分的に抜け落ちている記憶もあるからだ。
さすがに子どもの頃の記憶と大学生の頃の記憶が混じることはないけど……
あっ!だめだめ!ひとりで考え込んじゃダメ!
わからない時は聞く!
聞いたらみんながわかる範囲で教えてくれる。
バレンタインの思い出は、なお姉にでも聞けばきっとわかるはずだ。
だから、後回しでいい。
それよりも……
「よし、切り替えよう!」
雪夜は深呼吸をして自分の両頬を手のひらでパンと叩くと、とにかく記憶の整理は置いておいて、今年のバレンタインのことに頭を切り替えることにした。
バレンタインと言っても、別荘 にいる限り自分でチョコを買いにいけるわけじゃないし、なお姉が来てくれないとカップケーキも作れない。
それなら……折り紙でハートをいっぱい作って夏樹さんにプレゼントしようかな!いろんなハートを折って、ハート型の箱に詰めて……って……夏樹さん、いらないかな……こんなのもらっても困らせちゃう……?
でもでも、今俺に出来る精一杯がこれしかないんだもん……
ちゃんとしたプレゼントは、また後日のお楽しみということで!
早く元気になってバイトしなきゃだ……
***
ともだちにシェアしよう!