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夜明けの星 9-8(雪夜)
「そうですね」
「ひゃっ!?」
思ったよりも近くで夏樹の声がしたので、雪夜は思わず椅子から飛び上がった。
「あぁ、ごめん。驚かせちゃった?」
「ふぇっ!?な、なちゅきしゃん!?」
慌てて振り向くと雪夜のすぐ後ろに夏樹が立っていて、優しく雪夜を見下ろしていた。
いつの間にそんなところに……っていうか、いつから聞いて……?
「迎えに来たよ。あっちに戻ろうか。それともここで学先生も一緒に三人でハート 折る?」
「え、あの、えっと……」
一緒に……?え、ハート を?
でも……夏樹さんは晩飯の仕込みがあるって……
ハート を一緒に折りたかったのは、俺の勝手なわがままで……だから……
「あの……ハート はもう……」
「雪夜くん、大丈夫だよ!ちゃんと夏樹さんに自分の気持ちを伝えてごらん?」
「……え?」
俺の気持ち……?
学島が雪夜にやんわりと促す。
「雪夜くんは、どうしたいの?どうしたかったの?さっきいっぱい話してくれたでしょう?あれをちゃんと夏樹さんに伝えてみればいい」
「でも……」
「雪夜くん、“伝えなきゃ伝わらない”よ?」
伝えなきゃ……伝わらない……
それはそうだけど……でもこれは……俺のただの邪な下心で……ただの俺のワガママだから……伝えちゃダメなやつでしょ?
だって、俺が言えばきっと夏樹さんは聞いてくれる。
イヤな顔ひとつしないで……聞いてくれるから……
それがわかってて伝えるのは……ズルいでしょ……?
――アンタバッカリ……ヒトリジメシテ……ズルイッ!!
――ナンデ?……ナンデアンタバッカリ……ワタシハズットガマンシテタノニ……ッ!!
「……っ!?」
突然頭の中に甲高い女の子の声が響いてきた。
耳元で叫ばれているようで、雪夜は思わず顔を顰めた。
俺は……この女の子を……知ってる……
うん……そうだね……そうだよね……
夏樹さんの優しさに甘えて、ワガママばっかり言って……
こんな……
こんなゆきやは……きらわれちゃう……ね……
「――……きや!?雪夜っ!!大丈夫?ねぇ、雪夜。こっち見て?さっきはごめんね。お手伝いしてくれるって言った時にすぐに返事出来なくて……俺、感じ悪かったよね……」
雪夜が頭に響いてくる声に引きずられそうになっていると、なぜか夏樹が謝ってきた。
雪夜の隣に座って、優しく雪夜の頬を包み込んで、瞳を覗き込んで来る。
「ぇ……ちがっ、あの、あれは……俺が……っ……」
ハッと我に返った雪夜は、慌てて夏樹の顔を見た。
夏樹さんは悪くないのに、夏樹さんに謝らせちゃって……俺何してんの!?
「あああの、夏樹さん……!」
「なぁに?」
「あの……ね?……えっと……」
「うん」
「ハート……を……一緒に折りたいんです!……最初から一緒がいいの!……あの、夏樹さんが忙しいのはわかってるし、俺は夏樹さんを手伝うことも出来ないから、夏樹さんの貴重な時間を奪ってしまうのは申し訳ないんですけど、でもあの……用事が済むまで待つから……だから、あとで……」
「いいよ?」
「ちょっとだけでも……って、えっ!?……ええっ!?」
あまりにもあっさりと返事が返って来たので、思わず夏樹を二度見した。
「そんなのいいに決まってるでしょ!そっか、最初から一緒に折りたかったんだね。ごめんね、俺気付かなくて……あのね、雪夜。俺にとっては雪夜と過ごす時間が一番貴重で大切なんだよ。家事は空いた時間にやればいいんだもの。俺と雪夜の二人分くらい、いつでも簡単にササッと片付けられるんだよ。だからね、俺が忙しいだとか、待たなきゃだとか、気にしなくていいんだよ」
夏樹は二度見をした雪夜に苦笑しつつ、優しく頭を撫でてくれた。
……ほらね……夏樹さんは俺のワガママを聞いてくれちゃうんだよ……
いつだって、俺が欲しいと思う言葉をくれるんだよ……
やっぱり俺は……
「……ごめんなさい……」
雪夜は夏樹の顔を見ながら、ようやくその言葉を絞り出した。
「ん?何が?」
「ワガママ……言って……っごめ……んなさ……い……っ」
ズルい自分がイヤになる……
騙して……嘘を吐いて……ワガママ言って……
俺は……
ゆきやは……ダメなこ……だから……
ごめんなさい……
ワガママでごめんなさい……
ズルくてごめんなさい……
うれしくてごめんなさい……
だいすきでごめんなさい……
「雪夜っ!!いいんだよ!大丈夫……大丈夫だからっ!」
声もたてずに頬を濡らす雪夜を、夏樹がグイッと抱き寄せた。
夏樹は雪夜が逃げられないようにぎゅっと強く抱きしめ、宥めるように背中を優しく撫でた。
「……ワガママ言ってもいいんだよ……?」
「で……でも……っ」
「いいんだよ!っていうか、こんなのワガママのうちに入らないからね!?いつも言ってるでしょ?もっと俺に甘えてワガママ言っていいんだよって!」
「でも……い、いつも……ワガママばっかり……っ……いって……」
「どんな?」
「……ふぇ?」
「雪夜は俺にいつもどんなワガママを言ってるの?」
「どんな……?わ、わかんな……」
「だろうね。だって、言ってないんだもの」
「……え、でも……」
……ワガママばっかり言って困らせてる……はずなのに……
「どんな?」と聞かれて出て来なかった。
「記憶が抜けてるだけかも……」
「うん、違います!それに関しては記憶が抜けてるとかじゃないよ。俺は雪夜にワガママを言われたことなんてほとんど無い!甘えられたこともほとんど無い!俺が言うんだから、間違いないでしょ!?」
夏樹がちょっと眉間にしわを寄せた。
イラっとしてる?
怒ってる……そうだよね……
「あ……はぃ……ごめんなさぃ……」
「……謝らなくていい。謝るのは俺の方だよ。ごめんね、ちょっと強く言い過ぎたね……」
夏樹が深呼吸をして一呼吸置いた後、さっきよりも口調をやわらげた。
「怒ってるわけじゃないよ?そうじゃなくて……あのね、ワガママはもっと言っていいんだよ。さっきも言ったけど、俺にとっての優先順位は雪夜が一番なんだよ。なんなら上位5位くらいまで雪夜で埋まってる。でも、他のことを疎かにするつもりもないから、俺は、他の事で忙しくて無理な時はそう言うし、ダメな時はダメって言うよ?」
「……はぃ……」
……え?上位5位?……ってどういうことだろう……?
雪夜はぼんやりと夏樹の言葉の意味を考えた。
「――だいたいね、俺が雪夜が折り紙を始めると他の用事をしに行くのは……――」
あ……ダメだ……
夏樹さんの声が、子守歌に聞こえる……
夏樹さんのとんとんが気持ちいい……
夏樹さんの温もりが落ち着く……
夏樹さんの匂いがホッとする……
もう少し……このまま……ぎゅって……――
夏樹の腕の中で、雪夜はいつの間にか寝落ちしていた。
***
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