578 / 715

夜明けの星 9-8(雪夜)

「そうですね」 「ひゃっ!?」  思ったよりも近くで夏樹の声がしたので、雪夜は思わず椅子から飛び上がった。 「あぁ、ごめん。驚かせちゃった?」 「ふぇっ!?な、なちゅきしゃん!?」  慌てて振り向くと雪夜のすぐ後ろに夏樹が立っていて、優しく雪夜を見下ろしていた。    いつの間にそんなところに……っていうか、いつから聞いて……? 「迎えに来たよ。あっちに戻ろうか。それともここで学先生も一緒にハート(それ)折る?」 「え、あの、えっと……」  一緒に……?え、ハート(これ)を?  でも……夏樹さんは晩飯の仕込みがあるって……  ハート(これ)を一緒に折りたかったのは、俺の勝手なわがままで……だから…… 「あの……ハート(これ)はもう……」 「雪夜くん、だよ!ちゃんと夏樹さんに自分の気持ちを伝えてごらん?」 「……え?」  俺の気持ち……?  学島が雪夜にやんわりと促す。 「雪夜くんは、どうしたいの?どうしたかったの?さっきいっぱい話してくれたでしょう?あれをちゃんと夏樹さんに伝えてみればいい」 「でも……」 「雪夜くん、“伝えなきゃ伝わらない”よ?」    伝えなきゃ……伝わらない……  それはそうだけど……でもこれは……俺のただの邪な下心で……ただの俺のワガママだから……伝えちゃダメなやつでしょ?  だって、俺が言えばきっと夏樹さんは聞いてくれる。  イヤな顔ひとつしないで……聞いてくれるから……  それがわかってて伝えるのは……ズルいでしょ……? ――アンタバッカリ……ヒトリジメシテ……ズルイッ!! ――ナンデ?……ナンデアンタバッカリ……ワタシハズットガマンシテタノニ……ッ!! 「……っ!?」  突然頭の中に甲高い女の子の声が響いてきた。  耳元で叫ばれているようで、雪夜は思わず顔を顰めた。  俺は……この女の子を……知ってる……  うん……そうだね……そうだよね……  夏樹さんの優しさに甘えて、ワガママばっかり言って……  こんな……  こんなゆきやは……きらわれちゃう……ね…… 「――……きや!?雪夜っ!!大丈夫?ねぇ、雪夜。こっち見て?さっきはごめんね。お手伝いしてくれるって言った時にすぐに返事出来なくて……俺、感じ悪かったよね……」  雪夜が頭に響いてくる声に引きずられそうになっていると、なぜか夏樹が謝ってきた。  雪夜の隣に座って、優しく雪夜の頬を包み込んで、瞳を覗き込んで来る。 「ぇ……ちがっ、あの、あれは……俺が……っ……」  ハッと我に返った雪夜は、慌てて夏樹の顔を見た。  夏樹さんは悪くないのに、夏樹さんに謝らせちゃって……俺何してんの!? 「あああの、夏樹さん……!」 「なぁに?」 「あの……ね?……えっと……」 「うん」 「ハート……を……一緒に折りたいんです!……最初から一緒がいいの!……あの、夏樹さんが忙しいのはわかってるし、俺は夏樹さんを手伝うことも出来ないから、夏樹さんの貴重な時間を奪ってしまうのは申し訳ないんですけど、でもあの……用事が済むまで待つから……だから、あとで……」 「いいよ?」 「ちょっとだけでも……って、えっ!?……ええっ!?」  あまりにもあっさりと返事が返って来たので、思わず夏樹を二度見した。 「そんなのいいに決まってるでしょ!そっか、最初から一緒に折りたかったんだね。ごめんね、俺気付かなくて……あのね、雪夜。俺にとっては雪夜と過ごす時間が一番貴重で大切なんだよ。家事は空いた時間にやればいいんだもの。俺と雪夜の二人分くらい、いつでも簡単にササッと片付けられるんだよ。だからね、俺が忙しいだとか、待たなきゃだとか、気にしなくていいんだよ」  夏樹は二度見をした雪夜に苦笑しつつ、優しく頭を撫でてくれた。  ……ほらね……夏樹さんは俺のワガママを聞いてくれちゃうんだよ……  いつだって、俺が欲しいと思う言葉をくれるんだよ……  やっぱり俺は…… 「……ごめんなさい……」  雪夜は夏樹の顔を見ながら、ようやくその言葉を絞り出した。 「ん?何が?」 「ワガママ……言って……っごめ……んなさ……い……っ」  ズルい自分がイヤになる……  騙して……嘘を吐いて……ワガママ言って……  俺は……  ゆきやは……ダメなこ……だから……    ごめんなさい……  ワガママでごめんなさい……  ズルくてごめんなさい……  うれしくてごめんなさい……  だいすきでごめんなさい……   「雪夜っ!!いいんだよ!大丈夫……大丈夫だからっ!」  声もたてずに頬を濡らす雪夜を、夏樹がグイッと抱き寄せた。  夏樹は雪夜が逃げられないようにぎゅっと強く抱きしめ、宥めるように背中を優しく撫でた。 「……ワガママ言ってもいいんだよ……?」 「で……でも……っ」 「いいんだよ!っていうか、こんなのワガママのうちに入らないからね!?いつも言ってるでしょ?もっと俺に甘えてワガママ言っていいんだよって!」 「でも……い、いつも……ワガママばっかり……っ……いって……」 「どんな?」 「……ふぇ?」 「雪夜は俺にいつもどんなワガママを言ってるの?」 「どんな……?わ、わかんな……」 「だろうね。だって、言ってないんだもの」 「……え、でも……」  ……ワガママばっかり言って困らせてる……はずなのに……  「どんな?」と聞かれて出て来なかった。 「記憶が抜けてるだけかも……」 「うん、違います!それに関しては記憶が抜けてるとかじゃないよ。俺は雪夜にワガママを言われたことなんてほとんど無い!甘えられたこともほとんど無い!俺が言うんだから、間違いないでしょ!?」  夏樹がちょっと眉間にしわを寄せた。  イラっとしてる?  怒ってる……そうだよね…… 「あ……はぃ……ごめんなさぃ……」 「……謝らなくていい。謝るのは俺の方だよ。ごめんね、ちょっと強く言い過ぎたね……」  夏樹が深呼吸をして一呼吸置いた後、さっきよりも口調をやわらげた。 「怒ってるわけじゃないよ?そうじゃなくて……あのね、ワガママはもっと言っていいんだよ。さっきも言ったけど、俺にとっての優先順位は雪夜が一番なんだよ。なんなら上位5位くらいまで雪夜で埋まってる。でも、他のことを疎かにするつもりもないから、俺は、他の事で忙しくて無理な時はそう言うし、ダメな時はダメって言うよ?」 「……はぃ……」  ……え?上位5位?……ってどういうことだろう……?    雪夜はぼんやりと夏樹の言葉の意味を考えた。 「――だいたいね、俺が雪夜が折り紙を始めると他の用事をしに行くのは……――」    あ……ダメだ……  夏樹さんの声が、子守歌に聞こえる……  夏樹さんのとんとんが気持ちいい……  夏樹さんの温もりが落ち着く……  夏樹さんの匂いがホッとする……  もう少し……このまま……ぎゅって……――  夏樹の腕の中で、雪夜はいつの間にか寝落ちしていた。 ***

ともだちにシェアしよう!