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夜明けの星 9-9(夏樹)
「――だからね?……って、あれ?雪夜?お~い……」
夏樹は、雪夜から反応が返ってこないことに気付いて少しだけ雪夜を引きはがし、顔を覗き込んだ。
寝てるぅうううう~~~!!!
ちょっと待って!!いつから寝てたの!?
俺の懺悔 聞いてた!?ねぇ!!
『なっちゃん、ひとりごと乙っ!』
夏樹が天を仰いで片手で顔を覆った瞬間、タイミング良く裕也からメールが入った。
恐らく雪夜が母屋に入った時から様子を見ていたのだろう。
くっそぉおおおお!!
ひとりでブツブツ言ってるところ見られてた……!!
っつーか、雪夜が寝たのに気づいてたならもっと早く教えてくださいよぉ~!
夏樹は“裕也カメラ”がありそうな方向を軽くにらんだ。
別荘中に仕掛けられた“裕也カメラ”はしょっちゅう仕掛け場所が変わるので、夏樹たちもどこにあるのかほとんど把握できていない。
夏樹が把握できているのは、自分の生活空間だけだ。
特に寝室はね……?把握しておかないといろいろと都合が悪いし!?
***
「夏樹さん、大丈夫ですか~?」
「あ、はい。どうぞ」
裕也が知らせたのか、学島が戻って来た。
学島は、雪夜が過去の記憶に引きずられて泣き始めたあたりから空気を読んで席を外してくれていたのだ。
「雪夜くん寝ちゃったんですか。やっぱり、まだ不安定なんですね」
「はい……負の記憶はなかなか消えないものですね……」
学島には最初の頃、雪夜の事情をほとんど話していなかった。
どの程度信用出来るのかわからなかったし、話しても信じてもらえるとは思えなかったからだ。
だが、さすがにずっと一緒に暮らしていれば隠しておけるものでもないので、様子を見ながら少しずつ……今ではもうある程度のことは話してある。
「う~ん……さっき夏樹さんが来る前に二人で話していた時は、全然普通の大学生の状態でしたし、自分の気持ちもちゃんと話してくれていたんですよ?そりゃもう嬉しそうに……」
「そうですか……」
嬉しそうに……というのを聞いて、少しホッとした。
でも……
「雪夜は俺と話すと……俺の傍にいると……余計なことまで考えちゃうみたいで……」
嫌われているわけじゃない……たぶん……
でも、俺といると緊張し過ぎてしまう。
前から緊張はしていたけれど、同棲するようになって、不安定な雪夜に寄り添って二人っきりで過ごす時間が長くなって……徐々にリラックスして話してくれるようになっていたのに……
「子ども雪夜くんの時はあんなに夏樹さんにべったりだったのにねぇ……あ、もしかして、夏樹さんのことが好き過ぎるせいですかね?」
「え?」
「好きだから、嫌われたくなくて臆病になってしまうってやつじゃないですか?」
「……学先生、最近何か観ました?」
「あ、バレました?最近、学園恋愛ドラマにハマってましてね……萌えキュンというやつが最高なんですよ!」
学島が照れ笑いをしながら夏樹の分のコーヒーをそっと前に置いてくれた。
夏樹たちと一緒にずっと別荘に引き籠っているので、学島は時間が有り余っている。
基本的に余暇はゲームをしているが、たまに母屋のバカでかい画面でドラマや映画を観ているらしい。
萌えキュン……?
俺が雪夜に萌えたりキュンキュンしたりすることはあるけど、雪夜が俺に萌えキュンすることなんてあるか?
何か違う気がする……
夏樹は軽く首を傾げた。
「んん゛、まぁ萌えキュンは置いといて、今回のは完全に俺が悪いんですよ……あ、コーヒーいただきます」
雪夜にも言ったが、家事なんて別に空いている時間にやればいい。
だけど折り紙は……俺が雪夜に“教えてもらいたくて”、わざと途中から参加するようにしていた。
そんな事せずに、俺が最初から一緒に折り紙を折っていれば良かっただけの話しだ――
「ブハッ!!……っくく……っははは……」
夏樹の懺悔話を聞いていた学島が突然吹き出した。
雪夜を起こさないように必死に声を抑えながら、テーブルに突っ伏して肩を震わせる。
コーヒーカップがカタカタと小刻みに揺れてコーヒーが溢れそうだったので、慌てて残りを飲んだ。
「……あの~……学島先生?」
学島がこんなに爆笑しているのは珍しい。
常に温和でニコニコしているが、爆笑するのは年に数回、それもだいたい裕也さんたちとゲームやトレーニングの話しで盛り上がっている時だけだ。
「っくく……す、すみません……っははは……いや、もうホントにあなたたちって……っははは……」
ん?俺と雪夜のこと?
夏樹がキョトンとしていると、裕也から電話がかかってきた。
「も~、がくちゃん笑いすぎぃ~!」
「す、すみません……っははは……んん゛、あ~笑った笑った……!だって、二人揃ってまったく同じこと言ってるんですよ?なんていうかもう……微笑ましすぎて反応に困ります~~!お願いですから、リアルで軽くドラマを超えてくるのやめて下さいよぉ~~!あ~もう、お腹痛いぃ~~!助けて裕也さぁああん!!っははは……」
「だぁ~めだこりゃ。がくちゃんツボに入っちゃったね~」
裕也が言うには、学島は普段爆笑しないせいか一度ツボに入るとなかなか笑いが止まらないらしい。
まぁ、俺も普段はあまり声を出して笑うことはないから……人のことは言えないけどね。
夏樹がよく笑うようになったのは雪夜のおかげだ。
ころころ表情が変わる雪夜といると、可愛くて自然と頬が緩む。
って、それよりも!!
学島先生は何がツボに入ったんだ!?
「なっちゃん、知りたい~?」
戸惑っている夏樹に、裕也がニヤニヤしながら聞いてきた。
「知りたいです。っていうか、俺が来る前、一体なにを話してたんですか?」
夏樹が来た時には、割れにくい食器の話しをしていた。
洗い物の手伝いがしたいというようなことを言っていたはずだが……
「まぁ、それもそうなんだけどね、洗い物を手伝おうとした理由がね~……」
「――……ふっ……」
裕也から雪夜が急に「お手伝いをする」と言い出した理由を聞いて、夏樹は吹き出しそうになった。
――「夏樹さんが作ったハートをあとでこっそり貰おうかなって――……」
え、何その理由……
あ~もう、うちの子が可愛すぎて泣きそうっ!
しかも夏樹も全く同じことを考えていた。
もっとも、夏樹の場合はこっそりではなく、雪夜に直接「ハートひとつください!」と、お願いするつもりだったが……
雪夜が言うのは可愛いけど、俺が言うと何か必死すぎてイタイな……
でも欲しいから言うけどね!?
っていうか、お互いに相手のが欲しいんだから、普通に交換すればいいだけだよね……?
あ、だからか……!
学島と裕也が笑っていた理由がわかって、夏樹は若干顔が熱くなるのを感じた。
うわっ、恥ずっ!!
うん、これはたしかに……笑うわ……
夏樹も学島の立場だったら大爆笑していたと思う。
「あ~……えっと……とりあえず、向こうに戻ります!!」
夏樹は雪夜を抱っこしたまま逃げるように娯楽棟へと戻った。
***
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