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夜明けの星 9-10(夏樹)
娯楽棟に戻った夏樹は、雪夜を抱っこしたままベッドに上がり、ヘッドボードにもたれかかった。
そのまま雪夜をベッドに寝かせればいいのだが、何となく……目を覚ますまで抱きしめていたくて……
入院中はずっとこの体勢だったので、ちょっと懐かしい。
雪夜を起こさないようにタブレットの音を消して、折り紙の動画を観る。
いくつか動画を観た後、自分が観た動画の履歴を消去して折り紙を手に取った。
***
「……っ……~~~っ!……っ、ごめ……しゃぃ……」
「ん~?よしよし、大丈夫だよ……ワガママ言っていいんだよ……大丈夫――」
折り紙を折りつつ、雪夜がうなされる度に軽くあやす。
「大丈夫だよ」と囁きながら頭に口付け、優しく背中をトントンするとしばらくは落ち着く。
ワガママ言ってごめんなさい……か……
雪夜は以前、付き合い始めた頃に夏樹が何かの話しの流れで「嫉妬深いのもワガママなのもウザい。面倒だからウザくなったらすぐに別れる」と言ったのをずっと気にしていて、ワガママを言えなかったと話してくれた。
でもこれは誤解で、夏樹は「それまで付き合ってきた女の子とはこうだった」ということを話しただけだったのに、雪夜は自分に言われたのだと思ってしまっていたのだ。
今なら、その時の自分がどれだけ言葉足らずでデリカシーに欠けていたかもわかる。
雪夜が自分に言われたと勘違いして怯えてしまったのも……
今回の雪夜の様子から、恐らく、子どもの頃に姉に「ワガママ」について何か言われたのだろうと思う。「笑顔が気持ち悪い」と言われたのと同様に。
夏樹の他愛のない話をずっと覚えていて気にしていたのは、無意識に過去と重ねてしまっていたのだろう。
「……んぅ~~~……ぃて……かな……で……」
「大丈夫だよ、ちゃんと傍にいるから……大丈夫だよ――」
眠っているはずの雪夜が、うなされながらも夏樹の背中に回した腕に精一杯力を込めてしがみつく。
夏樹から離れたくない、置いて行かれたくない、と必死に……
うなされている時の雪夜は素直だ。
起きているときはいろいろと気にし過ぎるし、トラウマの影響でなかなか素直になってくれないので、うなされている雪夜をあやしながら少しホッとする時もある。
だって、無意識の言動は雪夜の本心だから……ね。
過去のトラウマから、ワガママを言えない。
「ワガママを言う」というただそれだけのことに泣くほど追いつめられる……というか、自分で自分を追いつめてしまう。
子ども雪夜の時には素直にワガママを言えたのに、甘えられたのに、恋人の状態に戻ったら言えなくなるなんて……結局俺は今の雪夜にとって、そういう存在だということだ。
こんなの、恋人失格だよなぁ~……
もっと雪夜に信用される存在にならなきゃ……
何があっても傍にいてくれる。大丈夫だ。と雪夜が安心できる存在に……
***
2時間程で、雪夜は目を覚ました。
「……ぅ~~……」
寝惚け眼でガバッと起き上がると、ぼ~っとしながら周囲を見回し、夏樹を見てへにゃっと笑った。
「おはよ、雪夜」
「にゃちゅきしゃんにゃ~……」
「……んん?」
なんだって?
夏樹が聞き返す前に雪夜はまたポスっと夏樹の胸に倒れ込んで来て、顔をグリグリと擦りつけて来た。
「まだ寝る?」
夏樹は横目で時計をチラリと見た。
「ん゛~~~」
「ふふ、もうちょっと寝てていいよ」
夏樹は雪夜をもう一度寝かしつけて、自分が折っていた折り紙をベッドの下に隠すと、雪夜と一緒に横になった。
今日の晩飯は何にしようかな~……ん?
雪夜の髪を撫でつつ冷蔵庫の中身に思いをはせていると、なにやら母屋の方から近づいてくる足音がした。
誰だ?この足音は学島先生じゃないな……っていうか、一人じゃない……
とすると……
夏樹が起き上がったと同時に、寝室の扉が開いた――……
***
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