581 / 715

夜明けの星 9-11(夏樹)

「ゆ~きちゃ……おぶっ!?」  ノックもせずに扉を開けて顔を覗かせた浩二に向かって、夏樹は思いっきりクッションを投げつけた。 「何すんっ……!?」 「シィ~ッ!静かにっ!」  夏樹は声を抑えつつ自分の胸元に引っ付いている雪夜を指差した。 「ありゃ、まだ寝てたのか。悪ぃな」  浩二は雪夜が寝ているのに気づくと、投げ返そうとしていた手をおろしてクッションを手渡してきた。 「それで、何でここにいるんですか?」 「あ?あぁ、そうそう。鍋するぞ鍋!」 「はあ!?」 「どうせまだ晩飯作ってねぇだろ?」 「まぁ……そうですけど……って、そうじゃなくて!仕事は!?なんで休日でもないのに来てるんですか!?」 「明日は休みにした」 「へ?何で?……明日……え、節分じゃないですよね?」 「節分はしねぇんだろ?だいたい、節分はもう過ぎたし、節分だったら鍋じゃなくて恵方巻だろ」  浩二が、やれやれ何言ってんだこいつ。という顔で見て来る。  その顔そっくりそのままお返ししたい!!  だったら、何をしに来たんだよ!?   ***    節分は、が出て来る。  雪夜のトラウマを刺激しまくりなのでこの数年別荘ではしていない。 「“鬼を払う”って行事なんだから、やった方が雪ちゃんにとってはいいんじゃねぇの?」  という意見も出たが、そもそも雪夜にしてみればその頃は周りがみんな鬼になっていたのだから、鬼が鬼を払っていることになってわけがわからなくなるだけだ。  じゃあ、雪夜が大学生に戻った今年はどうする?という話になったが、まだ不安定でしょっちゅう過去がフラッシュバックしている状態では、あまり刺激しない方がいいだろうということになって、結局今年も雪夜がいる別荘(ここ)では、節分は静かにスルーすることになったのだ。   「天気予報見てみろ」  浩二が夏樹に携帯を渡しながらベッドの端に腰かけて雪夜の顔を覗き込んだ。 「ちょっと、起こさないで下さいよ!?」 「起こさねぇよ!何だ、雪ちゃん泣いてたのか~?可哀想になぁ、ナツにイジメられたか~?」 「いじめてませんよ!……まぁ、俺が悪いんですけど……」  夏樹が少し不貞腐れつつ天気予報を確認していると、浩二が夏樹の頭をぐしゃぐしゃにしてきた。 「ちょ、何するんですか!」 「お前が悪いわけじゃねぇだろ。雪ちゃんのトラウマはまだ把握できてないことの方が多いんだ。わかったとしても、それを全部避けていくのは難しいだろ?過保護になるのもわかるけど、雪ちゃんののためにも、繭に(くる)みまくって守ることばっかり考えずに、フラッシュバックした時の対処の仕方を一緒に考えてやれよ」  浩二が珍しくまともなことを言ってきた。 「……って、斎さんが言ってたんですね」 「……え、何でわかったんだ?俺すげぇ頑張って暗記したからスラスラ言えてただろ!?」 「浩二さんがそんなこと言うわけないでしょ!あと、言った後のドヤ顔がうざい!」 「何だとぅ!?俺だってたまにはまともなこと言うぞ!?」 「たまにはって、普段からまともなこと言って下さいよ!!仮にも社長なんですから!」 「れっきとした社長だっ!!」 「……ん゛~~~……」  雪夜が「うるさい!」と言うように唸った。 「あ、よしよし、大丈夫。怖くないよ……ちょっと浩二さん退場!シッシッ!」  ただでさえ今日はよくうなされているのに、浩二との言い合いが耳に入ってきたらそれが夢に出て来るかもしれない。  夏樹は慌てて浩二を寝室から追い出した。 「ごめんごめん、雪ちゃん怖くないからね~……ナツ、ちょっと落ち着いたらこっち来いよ。鍋の準備するぞ」 「わかりました」  準備するぞって、準備しろ!の間違いだろ。  浩二さんは何もしないし。  ……って、そういや来たのは浩二さんだけか?  さっきの足音だと他にもいたと思ったんだけど……  学島先生だったのかな……?  んん? 「あぁ、なるほど。コレか……」    夏樹はもう一度天気予報の画面を見て、浩二が急に別荘(ここ)に来た理由を理解し、苦笑した。 ***

ともだちにシェアしよう!