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夜明けの星 9-12(夏樹)

 雪夜は結局、ほとんど翌朝まで眠っていた。  過去に引きずられた時……特に姉や犯人のことがフラッシュバックした時は精神的にかなり疲れるようだ。  大学生になってからの記憶の整理に追われていたのがひと段落ついたと思ったら、今度はそれ以前の記憶が雪夜を苦しめる……そっちの方が面倒なのはわかっていたが、突然泣き出されると夏樹の心臓に悪い……  雪夜は子どもの頃の記憶はほとんど鮮明に覚えているようだが、夏樹たちにはその内容を話してくれない。  犯人の洗脳と同じくらい、もしくはそれ以上に姉の暴言もトラウマになっているようだが、その内容がわからないので防ぎようがないのがもどかしい。  自分のうかつな言動が雪夜を苦しめているのじゃないかと不安になる…… 「泣かせてごめんね……」  夏樹は隣で眠る雪夜の涙の跡をそっとなぞると、優しく抱きしめた。 ***     「――……ん~~……」  雪夜がもぞもぞと動いて顔を上げた。  ベッドの上に座り込んで目を擦りながら周りを見る。 「あれぇ?……」 「ん~?おはよ、雪夜」  夏樹は片目だけ開けて雪夜を見ると、もう一度目を閉じて自分の顔を軽く撫でた。 「おはよーございます。あの、俺……寝ちゃってましたか?」 「うん、あのままずっと寝てたよ」 「ずっと?」 「雪夜~、今何時?」  夏樹は目を開けるのが億劫で、伸びをしつつ時計のある方を指差した。  自分では見ていないが、まだ夜中なのはだいたいわかる。 「え?えっと……3時……?の時間ですね!!」 「ブハッ!」  嬉しそうに言う雪夜に思わず吹き出してしまった。 「残念でした。朝の3時だから、の時間です」 「ええええ!?あっ、すみません!夜中に大きい声出しちゃった……」  雪夜は慌てて両手で口元を隠した。 「大丈夫だよ。どうせ娯楽棟(こっち)にいるのは俺たちだけだし。それより、お腹空いてない?何か食べる?」 「あ、いえ、大丈夫です!!あの、えっと……ね、寝ます!寝ましょう!まだ夜中ですし!」  そう言って横になった途端、雪夜のお腹がぐぅっと鳴った。   「……ぁ……~~~~っしゅみましぇん~~~……っ」  耳まで赤くなった雪夜が、照れ隠しに枕の下に頭を突っ込んだ。   「ふはっ……くくっ……お腹は正直だね!……雪夜~、出ておいで!鍋の残りがあるから温めるよ」 「え、鍋?あ、あの、俺自分で温めて食べますから、夏樹さんは寝ててください!」  夏樹がベッドから抜け出そうとすると、雪夜が慌てて引き留めてきた。 「ん?抱っこがいいの?はいはい、おいで」 「ふぇっ!?ちがっ、あの、いや、抱っこは嬉しいですけど、そうじゃなくて、あの……俺自分で……っ」  夏樹は、ジタバタする雪夜を問答無用で抱き上げ、適当に宥めつつリビングのソファーにおろした。 「気にしなくても大丈夫だよ。だって俺、どうせ雪夜が一緒にいないと眠れないからね」 「……へ?」  夏樹はキョトンとしている雪夜に笑いかけると、さっさとキッチンに行き、雪夜用に取り分けてあった鍋の残りにご飯を入れて雑炊作りに取りかかった。   *** 「うわぁ~、美味しそうですね!!」 「ふふ、そうだね。熱いからゆっくり食べて」 「はい!いただきま~す!」  雪夜は元気に挨拶をすると、熱々の雑炊を少しスプーンですくい必死にフーフーして口に入れた。 「はふっ!……ん゛~~~っ!?」 「ちょ、まだ熱かった!?水飲んで、水!口の中火傷しちゃうよ!?」 「ふぁぃ!」  夏樹が水を渡すと、雪夜は目を白黒させながら慌てて水を飲みほした。 「っ……あ~、びっくりした!でも、美味しいです!」 「そう?それは良かったけど……ちょっと待ってね、こっちに取り分けて冷ましておこうか」  猫舌の雪夜は、お粥や雑炊など熱い物を食べるのは大変だ。  子ども雪夜になっている時は夏樹がフーフーしまくって食べさせていたが、今はさすがにそれはさせてくれない。  仕方がないので、熱々の鍋から別の茶碗に取り分けて少し冷ましてから雪夜の茶碗に入れることにした。 「あ、これくらいなら食べられます!おいひー!」 「そか。わかった。いい具合に冷めたら入れてあげるから、先にそっち食べてて?」 「はい!……あの、もしかして夏樹さんひとりでお鍋したんですか?」  雪夜がふと手を止めて夏樹を見た。 「え?あぁ、そうか。ごめんごめん、まだ言ってなかったね。雪夜が寝ちゃった後にね、兄さん連中が来たんだよ。浩二さんと斎さんと裕也さん、それと、なお姉も。お鍋は兄さんらが食べたいからって大量に具材購入してきてくれてね。結構こっちで騒いでたんだけど……」  一応最初は声を抑えていたのだが、「ワイワイ言っていれば、目が覚めた時に夏樹が隣にいなくてもこっちにいるってわかるから雪ちゃんも安心するかもしれないだろ?」とか何とか言って、兄さん連中は酒を飲みつつ割とデカい声で話しまくっていたのだ。  それでも雪夜は起きなかった。  まぁ、考えてみれば入院してる時も兄さん連中が集まってワイワイ言っている中でも普通に爆睡していた雪夜だし?  案外、ワイワイしている声が子守歌になってたりして…… 「えええっ!?全然気づかなかったです!あれ、でも昨日ってお兄さんたちが来る日でしたっけ?」 「いや、平日だから、普通なら来ない日だよ」 「ですよね?じゃあどうして……」 「まぁ、それはたぶん、夜が明ければわかるよ」 「夜が明ければ……?」  雪夜がスプーンを軽く口に咥えたまま、ゆっくりと首を傾げた。 *** 

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