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夜明けの星 9-15(雪夜)

 朝食後、雪夜は夏樹にこれでもか!というくらい厚着をさせられて、全身もこもこの完全防備状態になった。   「もっこもこ~!」 「うん、もっこもこだねぇ」 「何だか……お相撲さんみたいじゃないですか?」  もこもこ過ぎて、自分の足元が見えない。 「ぶふっ!……そうだね、可愛いよ?」  雪夜が一生懸命自分の足元を見ようとしている姿を見て、夏樹が吹き出した。  可愛いって、お相撲さんが?  夏樹さん、何でそんなに笑ってるんだろう?  まぁ……夏樹さんが楽しそうだから別にいいか! 「ふふっ……」  楽しそうに笑っている夏樹につられて雪夜も笑った。 「ところで、夏樹さんはそんなに薄着で大丈夫なんですか?」  雪夜はもこもこのグルグル巻きにしたクセに、夏樹自身はかなり薄着だった。 「大丈夫だよ。俺のもちゃんと暖かい素材のやつだからね。雪夜も中に同じやつ着てるよ?」  ん?同じやつ着てるなら、俺ももうちょっと薄着でいいんじゃ……? 「雪夜は正月にここに来てから外に出るの初めてでしょ?ちゃんと暖かくしておかないと、風邪引いちゃうからね」  たしかに……雪夜はリハビリのためにここに戻って来てからまだ一度も外に出ていない。  ずっと家の中にいるのもどうかと思い「ちょっと外に出て散歩してみようかな」と言ってみたことがあるが、夏樹に「今はまだ寒いから、もう少し暖かくなったら一緒に外を散歩しようね」と言われたので、それ以来ずっと二階のトレーニングルームのルームランナーでお散歩をしているだけだ。 「さてと、それじゃ行こうか。みんなが待ってるよ」 「は~い!」  もこもこで普通に歩けないので、ペンギンのようにペタペタ歩きで夏樹についていく。  夏樹がテラスへと続く扉を開けた瞬間、ピュ~っと冷たい風が吹きつけて来て、雪夜は思わず身震いをしてマフラーに顔を沈めた。 「おっと……大丈夫?気温差が激しいから慣れるまでちょっと待つ?」 「だだだ大丈夫でしゅ……」 「そうは見えないけど?カメみたいになってるよ?」 「ちょ、ちょっと思ったよりも風が冷たくてびっくりしただけです……よしっ!はいっ!行きましょう!」  雪夜は自分に気合を入れて、勢いよく夏樹の背中に顔を埋めた。 「ん?……ふ、はは……ちょっと雪夜、今の勢いは自分が先に外に出るやつじゃないの?」 「ソレハ、ムリデス……」  夏樹は苦笑しつつも、背中に引っ付いている雪夜を振りほどこうとはせずに、そのまま進んでくれた。 「はい、テラスに出るよ~。……雪夜、ほら見て?」  雪夜の身体が完全にテラスに出たところで、夏樹が立ち止まった。    見てと言われても、寒すぎて動けない……  耳当てをしていても耳が痛いし、顔も……少しでも夏樹さんの背中から離そうとすると、冷気が頬を撫でてきて冷たくて…… 「ゆ~きや?一瞬だけ見てみない?」 「ちょちょちょちょっとままま待ってくださささっ……」  寒さに奥歯ががたがたと震えた。    え、マジでめちゃくちゃ寒いっ!!  夏樹さん、なんでそんな普通にしてられるの!? 「お~い、雪ちゃ~ん、何やってんだ?」  なかなか動こうとしない夏樹たちに浩二が声をかけてきた。 「雪夜は寒さに慣れてないので固まってます」 「ありゃ……そんなにモコモコでもダメかぁ~?」 「顔が寒いみたいですね」 「あぁ……顔ね。う~ん、目出し帽があればいいんだけど、さすがに今は持ってねぇなぁ……」 「意外ですね。浩二さんなら持ってそうなのに」 「家にはあるけどな?」 「やっぱり」 「おい、やっぱりって何だよ!?」 「いえ、別に」 「愛ちゃんの手伝いをする時に闇に紛れるためにたまに必要なんだよっ!あとは、イッキの副業の手伝いの時とか……別に強盗するために使うとかじゃねぇからな!?」 「はいはい、わかってますよ」  必死に言い訳をする浩二に夏樹が笑いを噛み殺した声で答える。   「ふふふ……」  二人のやり取りに、思わず笑ってしまった。 「雪夜、残念ながら目出し帽はないから、マフラーで我慢してね」  夏樹はそう言うと、腰に抱きついていた雪夜の腕をベリッと引きはがし、その場でくるりと向きを変え雪夜に向き合った。    寒っ!……くない?  夏樹の背中から顔が離されて、寒いっ!と感じたのは一瞬だ。  すぐに夏樹がマフラーを上に引き上げて雪夜の顔を覆ってくれたので、暖かくなった。 「はい、これで大丈夫でしょ?それじゃ浩二さん、カウントダウンどうぞ」 「ふぇ?」 「お?はいよ。10……9……」 「ちょっと、長くないですか!?そこは3秒前からでいいでしょ!?」 「なんだよ、だったら最初からそう言えよ!!」 「やり直し!」 「ったくもう!!んじゃ3秒前~……2……1……ぜ~~~~~ろっ!」  雪夜の前に壁のように立っていた二人があたかも両開きの扉が開くかのように、左右に身体をずらした。  真ん中が開けた瞬間、目にキラリと光が飛び込んできて、雪夜は眩しさに目を閉じて俯いた。 「雪夜、大丈夫?ゆっくり顔あげてごらん?」 「……?……わぁ~~……!!」  顔をあげた雪夜は、目の前に広がる景色に感嘆の声をあげてしばらくその場に立ち尽くした―― ***

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