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夜明けの星 9-16(雪夜)
雪夜は目の前の光景に寒さも忘れてジッと見入っていた。
テラスの向こう……別荘の外は一面雪で覆われ、真っ白な雪に陽の光が反射してキラキラ光っていた。
さっき一瞬雪夜の目に飛び込んで来た光は、雪に反射した陽の光だったらしい。
「すごぃ……これ、全部……雪?」
ようやく出て来た言葉は、ほとんど声になっていなかった。
「うん、雪だよ」
ですよね!?
あまりにもマヌケな質問に、夏樹が笑いを堪えつつ答えてくれた。
「すごぃ……すごい!スゴイですねっ!雪がいっぱいだぁ~!」
うまく表現する言葉が見つからなくて、夏樹の服をグイグイ引っ張った。
「すごいでしょ?夜の間に降り積もったんだよ」
「え、たった一晩でですか!?」
「うん」
あ……夏樹さんが「夜が明ければわかるよ」って言ってたのってこれの事!?
じゃあ、お兄さんたちはこんなに雪が積もるってわかってて別荘に来たってことか……
「ここは山の中だからそれなりに寒いんだけど、それでもこんなに積もるのは珍しいんだよ」
「そうなんですか?」
たしかに、雪夜もこんなに積もっている雪を見るのは初めて……ん?いや、違う……!
雪夜は先ほどからこの光景に感動しつつも、何となくデジャヴを感じていた。
「あ!俺、子どもの頃にもこれくらい積もった雪見たことありますよ!……どこの山だったのかは覚えてないんですけど……」
大量の雪に興奮しつつも、瞬きをする度にシャッターを切るように頭の中に似た光景が浮かんでくる。
たぶん遠い子どもの頃の記憶だ。
あんまり覚えていないけれど、真っ白な雪と……こんな風に青く晴れ渡った空。
それから……それから?――
雪夜の言葉に夏樹たちがちょっと顔を見合わせ目配せをしていたのだが、自分の記憶を辿ることに集中していた雪夜は全然気づかなかった。
***
「ねぇ、雪夜。子どもの頃はどんなことをして遊んだの?」
ぼんやりと雪景色を眺める雪夜に、夏樹が優しく聞いてきた。
どんな?
「え~と……」
周囲を見渡すと、テラスの柵の上には、裕也と菜穂子が作った雪ダルマが大量に整列していた。
「あ、そうだ。あんな風に雪ダルマをいっぱい作ったり……」
――誰と?
「うん」
「あとは……雪玉を作って、雪合戦をしたり……」
――だれと?
「うん」
「あ、あと、まっさらな雪の上に倒れ込ん……で……」
――ダレト?
雪の思い出はたしかにあるのに……
こんな景色を見たことがあるのに……
その時に一体誰と一緒にいたのかが思い出せない。
夢じゃない……はずだけど……
これはちゃんと俺の思い出のはず……だけど……
あれ?でも……子どもの頃って……いつ?
こんな真冬に……山なんていつ行ったんだろう?
……行けるわけがないのに……
だって、子どもの頃はずっと……病院と研究所で……
「雪夜?」
「ぁ……あの……すみません!やっぱり俺の勘違いだったみたいです!」
「勘違い?」
「たぶん、えっと……あの、何かテレビとかで見たのを、自分の記憶だって思い込んでたのかも……へへ、早とちりしちゃった……」
雪夜は、心配そうな顔をする夏樹に慌てて説明をし、頭を掻いた。
「早とちり……ね……」
「すみません……」
うわ~、ちゃんと思い出してもないのに自信満々に喋って、挙句に早とちりとか……
恥ずかしぃいいい~~~!!
絶対夏樹さん、呆れてるよね……
興奮してありもしないことをペラペラと喋ってしまった自分が恥ずかしい……
夏樹の顔を見ることが出来ず、帽子を深く被って俯いた。
「あの、えっと……雪っ!雪スゴイですね!俺も雪ダルマ作ろうかな~!」
ひとまず柵の上の雪ダルマを見て落ち着こうと歩き出した雪夜は、すぐに夏樹に引き戻された。
「わっ!?え?」
「雪夜、答え合わせしようか」
「……へ?」
答え合わせ?
夏樹はニコっと笑うと、もこもこの雪夜を抱き上げてテラスの下へとおりて行った。
「え、ちょ、夏樹さん!?」
「はい、お待たせしました」
テラスの下には、浩二と斎が待っていた。
テラスの下もかなり積もっていたので、歩きやすいように雪かきをしてくれていたらしい。
「お、来たか~。やっぱりここらへんだよな」
「そうですね、キレイに積もってますね」
「あの、夏樹さん……?」
夏樹と兄さん連中が雪を指差しながら何やら話しているのだが、一体何を話しているのか全然わからない。
「ほら、雪夜、ここすごい雪積もってるでしょ?」
「え?あ、はい。そうですね!」
「じゃあ、さっそくやってみようか!」
「ふぇ?」
何を?
戸惑う雪夜に兄さん連中がにっこりと笑いかけてきた。
えっと……笑顔が怖いですっ!!
「はい、いくよ~?」
「え、待って、行くって、どこへ!?」
「雪の上」
「……え?」
次の瞬間、雪夜を抱っこしたまま夏樹が雪の上に倒れこんだ。
「わっぷ!?」
へ?どういうこと!?
何がどうなったの!?
何が起こったのかわからず、目をギュっと閉じたまま放心状態になる。
「ゆ~きや、目あけてごらん?」
すぐ隣から夏樹の声が聞こえてきた。
「んぇ?……っ!?」
ゆっくりと目を開けた雪夜の目に飛び込んできたのは、ぽっかりと自分の頭の形に切り取られた青い空。
あぁ……そうだ……
やっぱり、あれは俺の記憶だ……
雪の白と……青い空と……
全身が雪に沈んで……顔の周りは雪の壁で……広い広い空も少ししか見えなくて……
青と白が泣けるくらいキレイで……
だけど、同時に……まるでそこには自分しかいないような……孤独感……
寂しい……
怖い……
誰かタスケ……ッ!
「雪夜、大丈夫?」
「お前ら、ずっと寝てると冷たいだろ、早く起きないと風邪引くぞ~」
ジッと動かない雪夜を、夏樹たちが一斉に覗き込んできた。
あ……
「ふ、ふふふ……」
そっか……そういうことか……
「雪夜?」
「違った」
「違う?何が?」
「子どもの頃じゃなくて……俺が子どもに戻ってた時の話しだ……そうですよね?」
「……うん、そうだよ」
夏樹が、少し驚いた顔をした後、優しく笑った。
「あの時も、夏樹さんたちとこうやって雪の上にダイブして……」
「うん」
「すごく楽しくて……」
「うん」
雪に埋もれた雪夜を、兄さん連中が次々に覗き込んでくるのが面白くて……
ひとりじゃないって安心して……
何だかすごく嬉しくて……
何だかすごく……
そうだ……あの時一緒にいたのは、夏樹さんたちだ。
楽しくて、嬉しい時も……
怖くて、寂しい時も……
いつだって一緒にいてくれたのは……
その時の記憶を思い出した瞬間、いろんな感情が溢れて来て、涙が止まらなくなった。
「雪夜……起きようか。そのままだと風邪引いちゃうよ?」
「……はぃ」
夏樹は、マフラーで雪夜の涙を拭いて雪の中から引っ張り出すと雪を払いつつ雪夜を抱き上げてくれた。
雪夜は夏樹の首に抱きつくと、斎たちに泣き顔を見られないように夏樹の肩に顔を埋めた。
「雪でいっぱいになっちゃったね、このままじゃ風邪引いちゃうので一回タオルで拭いてきます」
「だな。落ち着いたらまた出て来いよ」
「はい」
斎たちも雪夜が泣いていることには気づいていたはずだが、あえて何も言わなかった。
夏樹は雪夜を抱っこしたまま室内へ戻ると、雪夜が落ち着くまでずっと抱きしめて背中を擦ってくれた――
***
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