590 / 715
夜明けの星 9-20(夏樹)
「雪夜、今日も学 先生のところ?」
バレンタインも目前のある日、夏樹は昼ご飯を食べながら雪夜に確認した。
「あ、はい!」
「そか。それじゃ俺はちょっと出かけて来るね。夕方には戻……」
「えっ!?」
「ん?」
サラッと「はい、行ってらっしゃい!」と言われると思っていたので、雪夜が驚いた顔をして固まったのを見て、夏樹も同じように固まった。
え、そんなに驚くようなことかな……?
そりゃまぁ、雪夜を置いて出かけるのは久しぶりだけど……でも学島 先生もいるし……
ここ数日はほぼずっと学島先生と一緒にいるんだから、俺が少しの間別荘から離れるくらい大丈夫……だよね?
「あ、あの……え、お出かけ……ですか?」
「……うん、あ、何か欲しいものとかあればついでに買って来るよ?」
「あ……いえ、それは大丈夫なんですけど……あの……」
「うん、どうかした?別に出かけるのは今日じゃなくてもいいから、何か用事があるなら遠慮なく言って?」
「違っ、わかんないけど……でもあの……」
雪夜が困惑顔で視線を泳がせながら必死に考える。
あ……この感じ、もしかして何かトラウマが出て来てる?
でも、今何かトラウマ刺激するようなこと言ったっけ……?
目の前の雪夜の様子は、何か過去に引っかかる記憶がある時やトラウマが出そうな時の様子に似ていた。
だが、いまいち夏樹には思い当ることがない。
ということは、子どもの頃の……姉の暴言か?
いや、でも……
今のところ雪夜の子どもの頃のトラウマは、姉の暴言か犯人の洗脳がほとんどだ。
研究所での4年間も、きっとトラウマになりそうなことばかりだったと思うのだが、あまりその頃のことは口に出さない。
姉と犯人の言葉の方が雪夜にとっては衝撃的だったということなのだろうか……
それはともかく……
出かけて来るって言っただけ……だよね?
自分の言葉を思い返してみるが、やはりそんなに特別なことは言っていない。
いくら考えてもわからないので、ひとまず、根気強く雪夜の言葉を待った。
「あの……あのね?」
「うん、なぁに?」
「は……はやく……早く帰って来て下さいね!?」
「……え?」
雪夜がしばらく考え込んでようやく絞り出した言葉に、夏樹はすぐに反応できなかった。
あまりにも普通で……
でも、雪夜にとってはその言葉に何か意味があるようで……
雪夜の言葉を一旦咀嚼していたので、ちょっと固まってしまった。
いや、咀嚼しても……わからないけど……
何か他に言いたいことがあったのかな?
「あ、うん。もちろんだよ!ちゃんと夕食には間に合うように帰って来るからね!」
「……はい!」
夏樹が笑いかけると、雪夜は少しホッとした顔になった。
***
「それじゃ、行ってくるね。また連絡入れるからね」
「はい……」
雪夜を学島のいる母屋のリビングへと見送り、夏樹はそのまま玄関へと向かった。
その後ろを慌てて雪夜が追いかけて来る。
ん?もしかして見送ってくれるのかな?
それとも……
「雪夜も一緒に買い物行く?」
「ふぇっ!?いや、あの……えっと……」
雪夜がちょっと考えてプルプルと頭を振った。
「きょ、今日はいいです……あの、がく先生と約束してるしっ!!」
まぁ、そうだよね~。でも、今少し考えた?
雪夜も……本当は出かけたいのかな?
子ども雪夜の延長で、体調とトラウマが心配で夏樹たちが外に出さないようにしてるけど、でも今は大学生の状態なんだし、雪夜にしてみれば……
数年前まで普通に大学に行ったり、買い物やバイトをしたり……してたんだよな……
「あの、気を付けて行ってきてくださいね?」
「うん、なるべく早く帰って来るからね!」
「はぃ……」
「雪夜、行ってらっしゃいのキスして?」
「あ、はい……えっ!?」
「はい、どうぞ?」
雪夜がキスをしやすいように少し屈んだ。
「えっと……あの、え?俺がするんですか?」
「他に誰がいるの?イヤならいいけ……」
「しますっ!!イヤじゃないです!でもあの……ちょっと待って下さいね!?こ、心の準備がっ……」
雪夜はそう言うと、夏樹の服を掴んだまま深呼吸を繰り返した。
「……ねぇ、雪夜さん。深呼吸し過ぎじゃない?ここら辺の酸素吸い尽くしちゃうよ?」
「ちょ、ちょっと待って!もうちょっとだけっ!!」
「は~い」
「え!?夏樹さんまだいたんですか?」
雪夜の心の準備が出来るのを待っていると、リビングから学島が出て来た。
「雪夜の心の準備待ちです」
「心の準備待ち?」
「ケホッケホッ!!」
学島と話していると、雪夜が咽た。
「あぁ、ほら、息吸い過ぎだよ。雪夜、もういいよ」
夏樹が苦笑しながら雪夜の背中を擦ると、雪夜が慌てて胸元にしがみついて来た。
「ケホッ!……ぁ、あの……違くてっ!俺イヤじゃな……ケホッ!」
「うん、わかってる。帰ってきたら続きしてくれる?」
「へ?」
夏樹はにっこり笑うと、キョトンとする雪夜を抱き寄せ、軽くキスをした。
「じゃあ、学島先生、よろしくお願いします。雪夜、行ってきます!俺が帰って来るまでには心の準備整えておいて?」
「あ、は、はい!行ってらっしゃい!――」
真っ赤になった雪夜の頬をそっと撫でて微笑みかけた夏樹は、学島にチラッと目配せをして車に乗り込んだ。
***
ともだちにシェアしよう!