592 / 715

夜明けの星 9-22(夏樹)

 夏樹が車を出そうとした瞬間、車の前に飛び出して来た男がいた。  男は車の進行を阻止するかのように、バンッと両手でボンネットを叩いた。  それを見た夏樹は構わずエンジンをふかした。 「ぅおぉおおいっ!!何ふかしてんだこらっ!止めろっつーの!」 「いや、轢いて欲しいのかと思って……」 「を意気揚々と轢くんじゃねぇよ!!」 「そういうお前こそ、車の前に飛び出して来るんじゃねぇよ!!危ねぇだろうがっ!!」  車の前に飛び出してきた男は、夏樹の高校時代からの、吉田だった。 「どこ行こうとしてんだよ!?今日会う約束してただろうっ!?」 「え、そうだっけ?」 「お前なぁ……」  吉田が呆れたように顔を顰めた。  最近雪夜が相手をしてくれないと愚痴ったところ、ちょうど吉田がこの近くまで用事で来るからと、夏樹の買い物ついでにモールで落ち合うことになっていたのだ。  まぁ、会ったところでお互い車だから飲みに行くわけでもないし、時間的に何かを食べに行くわけでもない。  ただ、お互いこの数年間忙しくてほとんど直接会うことが出来なかったので、久々に会うか。となっただけだ。 「いやいや、悪い、今それどころじゃねぇんだわ。雪夜が泣いてるから帰らないと……」 「ありゃ、雪ちゃんまだ具合悪いのか?」 「具合……は悪くないと思うけど……眠たいらしい」 「……は?眠たい?」 「最近はお昼寝しなくても大丈夫だったんだけど、今日に限ってお昼寝したくなったらしくて……眠たくなると未だに子ども雪夜が出て来る時があるんだよ。それで今俺が傍にいないからパニクってるみたいで……」 「あぁ、なるほど。そりゃ早く帰らねぇとだな。んじゃ頼まれてたやつ持ってくるからちょっと待ってろ」  意外と近くに停めてあったのか、吉田はすぐに戻って来た。 「ほれ」 「あぁ、ありがと。いくらだった?」 「俺のおごりに決まってんだろ」 「お、太っ腹~」  吉田の腹をポンポンと叩く。  ブヨブヨになっていればからかってやろうと思ったのに、残念ながら悪友の腹は相変わらずの硬さだった。  忙しいと言いつつもちゃんと鍛えているようだ。 「もうそっちの用事は終わったんだろ?お前も別荘の方に来いよ」 「いやいや、冬にあんなとこ行けるか!つい数日前も山は大雪だったんだろ?あれからもずっと寒い日が続いてんだから絶対道が凍ってるだろ!?怖いじゃねぇかよ!」 「チェーン巻いてねぇのか?」 「ここらは別にスタッドレスだけで大丈夫だからな」 「チェーン巻いてりゃ普通に走れるのに」  吉田も数回別荘に来たことがあるのだが、以前冬に来た時にタイヤがスリップしたことがあるので、それ以来冬には絶対に来ない。   「スピード出してなきゃ別に大丈夫だって」 「スピード出してなくてもスリップしたんだよ!あんなとこで事故ったら誰も気づいてくれねぇだろ。ぜっっったいにイヤだっ!」 「え~?大丈夫だって。ちゃんと裕也さんがカメラ設置してるから事故ったらわか……」  ん?事故? 「それだっ!!」 「何がっ!?」 「吉田、でかした!」 「だから、何がだよ!?」 「そっか、それだよそれ。そんじゃ俺帰るわ。久々に会えて良かったよ。また今度ゆっくりとな」 「おいこら、ひとりで解決すんな!だから、何が!?」 「お前も気を付けて帰れよ~」 「こらっ!!ったく……おい、山道気を付けろよ!?上の空で運転すんじゃねぇぞ!?」 「はいよ~」  夏樹は数年ぶりの悪友との再会をものの数分で終わらせると、ひらひらと手を振ってさっさと車を出した。   ***

ともだちにシェアしよう!