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夜明けの星 9-23(夏樹)
別荘へと戻る途中、斎から電話がかかってきた。
雪夜の様子を話すと、斎が呆れたように笑った。
「ナツ、そりゃ……考えるまでもなくお前のせいじゃねぇか」
「ですよね~……」
やっぱりあのことか~……
「なんで自分のことなのに忘れてんだよ」
「いや……だって、あの時雪夜も一緒に入院してたし、俺はただの肋骨骨折くらいだったから、なんか俺が入院してたっていうより、雪夜のリハビリの付き添いで入院してたような気がして……」
「おいこら、あの時俺らがどんだけ心配したと思ってんだっ!」
「え、俺の心配してくれたんですか?」
「そりゃまぁ、一瞬くらいはな?」
「ははは……」
あの時というのは、前回夏樹がひとりで出かけた時のことだ。
愛華たちに呼び出されて出かけた夏樹は、その帰りに雪夜の服を買いに行った。
そこで運悪くちょっとした事故に巻き込まれてしまって、そのまま入院することになったのだが……夏樹が目を覚ますと雪夜も一緒に病院のベッドに寝ていて、なぜか雪夜も一緒に入院することになっていたのだ。
佐々木たちが雪夜を病院まで連れて来てくれたらしいが、たしか佐々木たちの話しでは……子ども雪夜は、眠たくなってくると途端に夏樹を探してパニックになって……病院に連れて来るのも大変だったとか……
つまり、眠たい時に夏樹が傍にいなかったせいで機嫌が悪くなったわけで……
でもまぁ、あの時はまだ子ども雪夜の状態だったので夏樹が事故ったことなんてわからなくても仕方ない。
あれ?でも、それならどうして今回は……「出かけて来る」って言葉にあんなに動揺したんだろう……?
――「早く帰って来て下さいね?」
あれは、あの時のことを思い出して、俺が事故らないか心配になって出た言葉だったのかと思ったんだけど……でも、今の考えだと雪夜は俺が事故ったことなんてわかってなかったってことになるし……
「このおバカ。お前のケガの具合や入院したことなんてどうでもいいんだよ。あの時、出掛けて行ったお前が、寝る時になっても“帰ってこなかった、傍にいなかった”っていうのが雪ちゃんの中ではショックだったんじゃねぇのか?そもそも、それまでずっと一緒にいたわけだし。特に入院中なんて、ちょっと離れるだけでも嫌がってただろ?」
「あぁ、そうですね。でも、離れるのを嫌がってた時は俺以外が鬼に見えていたからで……」
「たしかに、ナツ以外はみんな鬼に見えてたってのはあるかもしれねぇけど……子ども雪ちゃんが当時と違う点は、お前にだけ甘えてワガママを言えてたってことじゃなかったか?」
「……っ!……あぁ……そうか……そっちかぁ~~……」
夏樹は路肩に車を停め、ハンドルに突っ伏した。
「……そうですね。事故は直接は関係ないですね……あ゛~~~もぅっ!!」
自分の勘の悪さにイラついて髪を掻き乱す。
なんで忘れてたんだろう……
幼少期、雪夜はほとんど病院で過ごしていた。
母親や義兄の達也たちが毎日のようにお見舞いに来てくれていたとは言っても、一日中いるわけじゃない。
「また来るね」と言い残して去っていく背中を、幼い雪夜はどんな気持ちで見送っていたんだろう?
達也たちは、雪夜がワガママを言っているのを聞いたことがないと言っていた。
ひとり置いて行かれる寂しさも……
ずっと一緒にいて欲しいという願いも……
「イカナイデ……」というたったの5文字も……
口にすることはなかった。
それを言えば母親や達也たちを困らせてしまうから……
それを言うことで、もう来てくれなくなるかもしれないから……
だから言えなかっただけだ。
でも、子どもの状態に戻っていたこの数年間。
雪夜が当時言いたくても言えなかった言葉を、感情を、夏樹にだけは全身でぶつけてくれていた……
夏樹にだけは、「傍にいて」「置いて行かないで」を全身で伝えてくれて、何なら置いて行かれないように必死にしがみついて離れないくらいだった。
今回のことも、たぶん、「(俺ひとりで)出かけて来るね」ということが雪夜にとっては「夏樹さんに置いて行かれる」と感じたから不安になったのかもしれない。
――「早く帰って来て下さいね?」
あの言葉は……「行かないで」と言えない今の雪夜の精一杯……
「お、解決したみたいで良かったな!」
斎は、あっけらかんと言うと、また学島から電話がかかってくるかもしれないからと、手短に用件を述べてすぐに電話を切った。
「あ゛~~~……何やってんだ俺……」
夏樹はちょっとシートを倒して伸びをすると、深呼吸をしてシートを直した――……
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