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夜明けの星 9-24(夏樹)

「ただいま~!雪夜ぁ~!?」  別荘に戻った夏樹は、母屋のリビングルームに飛び込んだ。 「あ……れ……?」  てっきりそこにいると思っていたのに誰もいなかったので、拍子抜けをした。  首を傾げつつリビングから出る。 「雪夜ぁ~!?どこ~!?」  いるとすれば、あとは……  夏樹は雪夜を呼びながら娯楽棟のリビングルームへと向かった。 「ゆ~き……」 「なっちゃんシィ~~~~~ッッッ!!!」 「ぐぇっ!」  リビングに飛び込もうとした夏樹の喉元目がけて、裕也が両腕をクロスさせてキレイにフライング・クロスチョップをかましてきた。  さすがによけきれず、咄嗟に後方に飛んで衝撃をやわらげる。  が、それでも夏樹は今来た母屋へと続く廊下を数メートル吹っ飛んで廊下の壁にぶち当たった。  身長差があるし、本気ではないにしても……相手は裕也だ。  小柄で、未だに子どもみたいな見た目のくせに、馬鹿力の裕也がクロスチョップをしかもちょっと飛び込み気味に叩き込んでくれば……  まぁ、こうなるわけで…… 「ぢょっ……ゲホッゲホッ!!な゛……ん……っゲホッ!」  声が出なかったので、「いきなり何するんですかっ!?」と、ジェスチャーで訴えた。 「あ、ごめんごめん。思わず。いや~、だってせっかく雪ちゃんが眠ったのに、なっちゃんが大きい声出すから~」  全然悪びれる様子もなく、裕也がアハハと笑って夏樹に手を差し出して来た。  いやいや、俺の声よりも、今の音の方が大きいと思いますっ!!    この別荘を改装した時にはまだ雪夜はうまく歩けずにフラフラしていたので、ぶつかったり転んだりしてもケガをしないよう壁や床はクッション性のあるもので覆ってある。  だから、ぶつかってもそんなに痛くはない。  でも、夏樹が全身でぶち当たったのだから結構な音がした。 「――なぁああああちゅしゃあああああああん!!」  夏樹が前かがみになって咽ていると、寝室の方から雪夜の泣き声が聞こえて来た。 「あ~……ほら、起きちゃったぁ~」 「ゲホッ……ぃゃ……これは……裕也さんのせい……ゲホッ!」  (かす)れ声で裕也に文句を言いつつ、何とか起き上がり寝室へと急いだ。 「ちょ、え、ええっ!?な、夏樹さん、大丈夫ですか!?裕也さん、今のは危険ですよぉ~!?」 「あ゛~……あ゛はは……」  呆気に取られて立っていた学島が、夏樹と裕也を見比べながらオロオロと声をかけてくる。  夏樹は苦笑いをしながら、軽く手を挙げて答えた。  だいじょばないです…… *** 「ゆ゛……んん゛、ゆ゛ぎや゛~……?」 「なああああちゅしゃ……んぇ?」    雪夜はベッドの上でべた座りをした状態で器用に枕に顔を押し付けて泣き叫んでいたが、いつもと違う夏樹の掠れ声を聞いた途端ピタリと泣き止むと、顔をあげてキョロキョロと室内を見回した。 「んん゛、ゲホッ!ごめ、ちょっと声が変だけど夏樹さんだよ~」  夏樹が咳き込みながら近づいていくと、雪夜が眉間にしわを寄せて訝しそうな顔で振り向いた。 「な……ちゅしゃん……?」  雪夜が不思議そうに夏樹を見上げる。  声が違うのに顔が夏樹だったので戸惑っているらしい。 「うん、お待たせ。ごめんね、ちょっと遅くなっちゃったね」  隣に座ってそっと手を伸ばすと、雪夜がビクッとして慌てて後退(あとずさ)った。  ……え?避けられた?  雪夜はしばらくの間、少し離れたところから夏樹を睨むように見ていたが、やがて、そろりそろりと戻って来て夏樹をじっくりと上から下までなめ回すように眺めた。  うわ~~……すごい警戒されてる……  もぅ!これで雪夜が来てくれなくなったら絶対裕也さんのせいだぁああああっ!!  夏樹は半泣きになりつつも、雪夜が納得するまで辛抱強く待った。 「なちゅしゃん……?」  雪夜が夏樹の前に座って、小首を傾げた。 「うん、そうだよ。あのね、ちょっと喉が痛くてね?声が変になっちゃってるの。でも、ちゃんと夏樹さんだよ。偽物じゃないよ!?本物だよ!?」  一瞬、髪型が違うだけで雪夜に偽物扱いされた時のことが頭を過ぎる。 「大丈夫、怖くないよ。本物の夏樹さんだよ?おいで?」  夏樹は内心ドキドキしながらも、笑顔で雪夜に手を広げた。  もうだいぶ喉も落ち着いて、声も少しずつ戻ってきている……気がする。  だから、そろそろ…… 「なちゅしゃ……ぉんもの……」  雪夜はブツブツと夏樹の言葉を繰り返し、もう一度夏樹を見ると、おずおずと夏樹の顔に手を伸ばして来て、顔中をペタペタと撫でまわした。 「わっぷ!ちょ、あの、雪夜さん!?これ、お面じゃないからね!?本物でしょ?」 「ぉんもの……」 「うん、本物だよ!」  夏樹はちょっと苦笑いをすると、自分の頬に触れている雪夜の手の平に軽く口付け、雪夜を膝の上に抱き上げた。  やんわりと抱きしめると、雪夜が夏樹の胸に顔を擦りつけてきて、大きく息を吸って、ふぅ~っと吐きながら力を抜いた。 「ん゛~~~~……なちゅしゃ……ねんね~~……」 「よしよし、眠たいよね。一緒に寝よっか」 「……ぁぃ」  雪夜を抱きしめたまま横になって背中を撫でると、雪夜はあっという間に寝息をたて始めた。  やれやれ、何とか……本物だって信じてくれたのかな?   「遅くなってごめんね。ただいま……」  夏樹は雪夜の頭に軽く頬を擦り付け、ギュッと抱きしめた。   ***

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