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夜明けの星 9-25(夏樹)

「なっちゃ~ん……雪ちゃん大丈夫?」  遠慮がちにノックをして裕也が顔を覗かせる。  夏樹は雪夜が熟睡しているのを確認して、OKサインを出した。 「そかそか、良かった」  裕也はそろりと入って来ると、夏樹にマグカップを渡してきた。  雪夜を起こさないように、そっと抱きしめていた腕を引き抜いて起き上がる。  裕也からマグカップを受け取った夏樹は、小首を傾げた。 「今寝てるので飲めませんよ?」 「何言ってんの。これはなっちゃんにだよ」 「え、俺に?」  夏樹はもう一度マグカップに視線を落とした。 「ホットレモネードをですか?」 「はちみつも入ってる!」  いや、尚更、雪夜用ですよね?  なんで…… 「俺に?」 「だってほら、ホットレモネードって喉に良さそうじゃない?」 「……あぁ……はははっ、ありがとうございます」  さっきチョップしたせいで夏樹の声が掠れているのを気にしているらしい。  夏樹はちょっと苦笑しながらお礼を言うと、ホットレモネードを一口飲んだ。   「ゲホッ!」  ()っ……~~~~っ!!  はちみつが入っていると言っていたけど、うん、これレモン果汁多すぎですよねっ!?    甘酸っぱいはずのホットレモネードは、なんというか……甘さ控えめのとっても刺激的な味がした。  夏樹は咽つつも、せっかく裕也が入れてくれたので残すのも申し訳ないと思い何とか飲み切った。 「雪ちゃん、警戒してたね」  裕也はそんな夏樹の様子など気にも留めずに、雪夜の寝顔を覗き込んだ。  たぶん、リビングでカメラ越しに見ていたのだろう。 「ヴぁ……んん゛、はい」  夏樹は口直しにミント味ののど飴を舐めつつ、雪夜の頬をそっと撫でた。    眠くなって子ども雪夜になってたせいだと思うが、それにしても、声が掠れていただけであんなに警戒されるとは…… *** 「そういえば、裕也さんはいつ別荘に?」 「え~と、ちょうどなっちゃんとの通話が途中で切れちゃって、パニクって泣き叫ぶ雪ちゃんにがくちゃんがオロオロして泣きそうになってた時かな」 「そりゃまた……すごいタイミングですね」  それは……学島先生にとってはさぞかし裕也さんが救いの神に見えたことだろうな……    夏樹は、ホッとした顔で裕也を出迎える学島を想像してちょっと口元を綻ばせた。  と同時に、裕也が来てくれて良かったと心から思った。  なんせ、雪夜に関しては、兄さん連中の中でも斎と裕也は別格だ。  雪夜が入院していた時から、雪夜の傍に付き添ってくれていた時間が一番長い二人なので、当然パニクった雪夜を宥めるのも慣れている。  夏樹がいない状態でパニクった雪夜を寝かしつけられるとしたら、この二人しかいないだろう。 「そりゃまぁ、モニターで見てたからね」  裕也がどこからか取り出したタブレットに、当たり前のように“裕也カメラ”の録画映像を映し出した。  そこには、通話が突然切れてパニックになり、泣きながら携帯を雪夜と、その雪夜の様子に驚いてオロオロしている学島の姿が映っていた。  あらら……どうりで学島先生から電話が来なかったわけだ……  ん?裕也さん……もしかしてわざと……学島先生が泣きそうになるまで、別荘に入るのを待ってたってことですか?  っていうか…… 「え、じゃあもしかして、俺が出かけて雪夜が泣いてたから来てくれたんですか?」  いや……それはさすがに……時間的に無理があるか…… 「ううん?元々今日来る予定だったんだよ。ほら、もうすぐあの日だし。今のところ緊急性の高い案件もないから、一足先にこっちに来ておこうかなと思って。雪ちゃんが相手してくれないから、なっちゃんがいじけてるみたいだったし?そしたら、なっちゃんが出かけるって言ってるのが聞こえたから……」  裕也はその時にはもう車で向かって来ていたらしいが、夏樹が出かけるというのを聞いた時の雪夜の反応が気になって、寄り道せずに真っ直ぐ別荘に来てくれたのだとか。 「そうなんですか……すみません、ありがとうございます」 「別に僕が気になって勝手に急いで来ただけだよ?」 「それでも……裕也さんが来てくれていなければたぶん、俺が帰って来るまで雪夜はずっと泣いていたでしょうから……」 「あぁ……まぁ、そうかもしれないね。がくちゃんはパニクった雪ちゃんの相手はまだ難しそうだし」 「ははは……あ、そうだ。裕也さん俺の車から荷物取って来てもらってもいいですか?」 「はいはーい。行ってくるね~」 「お願いします」  ――夏樹は、荷物の中から、さっき吉田から受け取ったものを裕也に渡して、今日購入したものは雪夜にバレないようにそっとクローゼットに隠した。 ***

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