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夜明けの星 9-27(夏樹)

「雪ちゃん、次焼くよ~!次のトッピング何にする~?」 「は~い!う~ん……次はどうしようかなぁ~……」  菜穂子に呼ばれて、雪夜が頭をひねりつつキッチンへと向かう。  その背中を、兄さん連中がソワソワしながら見守っていた―― ***  明日はバレンタインだ。  バレンタインには兄さん連中がみんな別荘(ここ)に集まる(逃げて来る)のが恒例になっており、雪夜が菜穂子とマフィンを作るのも恒例になってきた。  今までは兄さん連中の分は菜穂子が作り、雪夜は自分の分と夏樹の分だけを作っていたのだが、今年は…… 「ナツばっかりズルい!俺らだって、雪ちゃんから貰いたい!」  と言うことで兄さん連中が「材料費は俺らが出すし、むしろ材料は全部揃えて持っていくから……」と菜穂子に頼み込んだらしく、菜穂子に必要なものをリストアップしてもらって大量の材料をそれぞれが揃えて持ってきた。  おかげで、菜穂子と雪夜は今朝から母屋と娯楽棟のオーブンをフル稼働でマフィンをひたすら焼きまくることになったのだ。  そのため、朝から別荘中がここはケーキ屋かと思うくらい、甘ったるい香りに包まれていた。  っていうか、兄さんら……必死かっっ!!  なお姉も「混ぜるだけで簡単に出来るやつだから大丈夫だよ~。いっぱい焼くから味もいろいろ増やせるし!」ってノリノリだし……  でも、今の雪夜は、まだ卵を割ることも出来ないんですよ!?  一人でボウルを押さえて混ぜるのもなかなか出来ない。  つまり、量が増えればそれだけなお姉の負担が大きいわけで……  俺が手伝ってあげたいけど、なるべく自分の力で作りたいらしく「夏樹さんも座っててください!」と、キッチンに入るどころか近付くのも禁止されてしまった……  夏樹は仕方なく、兄さんらと一緒にソファーに座って、母屋と娯楽棟を行ったり来たりする雪夜たちの様子を眺めていた。 「まぁまぁ、なっちゃんってば。ちょっと落ち着きなよ。そんなに心配しなくても、なおちゃんがついてるから大丈夫だよ!」 「それはわかってますけど……」 「それより、子ども雪ちゃんになってるって聞いたけど、もう戻ってるんだな」  浩二がちょっと残念そうに言った。   「え?あぁ……――」 ***  数日前、雪夜は夏樹が出かけたせいで久々に酷いパニックを起こし、幼児退行していた。  でも、夏樹が帰宅して一緒にお昼寝をした後…… 「――んにゅぅ~~……あれぇ?…………ほぇ!?な、夏樹さん!?いつ帰って来たんですか……っ!?」    寝惚け眼だった雪夜が、夏樹の顔を見るなり慌てて起き上がった。 「ん~?……数時間前……かな?」  いつの間にか一緒に爆睡していた夏樹は、少し前に起きて雪夜が起きるまで隣で寝顔を眺めていた。  雪夜……元に戻ったみたいだな。  雪夜の口調や様子から、大学生の状態まで戻っていることを確認してホッとする。    ちょっとだけ寂しい気もするけど…… 「え!?数時間前……?っていうか、俺何時間お昼寝してたんですか?たしか……夏樹さんがお出かけするのを見送って……それで、夏樹さんから電話がかかってきて……」  雪夜がこめかみのあたりをポリポリと掻いて、寝る前のことを一生懸命思い出そうとしていた。   「うん」  雪夜が自分で思い出そうとしている時は、あまり口を挟まないようにして見守る。  余分な情報を与えてしまうと雪夜が混乱してしまうからだ。 「電話がかかってきて……それで……えっと……」  雪夜がちょっと助けを求めるように夏樹を見た。 「うん、俺がモールに着いた時に電話したよ。雪夜が淋しがってたから、なるべく早く帰るからね~って言って……」 「あ、そうですね!そんなこと話しましたね!」 「うん」 「えっと、そのあと……あ、そのあと俺、眠たくなってお昼寝しちゃったんですね!?」  パニクったことは覚えていないらしい。 「うん、眠たくなって……お昼寝の前に……もう一度俺と電話したんだよ」 「お昼寝の前?……ぁ……」  眉間にしわを寄せて首を傾げていた雪夜が、小さい声を出した。   「俺……また不安定になってました?」 「ちょっとだけね」 「す、すみません、俺……もしかしてご迷惑を……」 「いや、全然迷惑なんてかけてないよ」 「でも……」 「まぁ……俺と話してる途中で学先生の携帯の充電が切れちゃったから、雪夜がパニクって学先生の携帯をぶん投げちゃったみたいだけどね。だから、学先生にはちゃんと……」 「……へ?」  夏樹の話しの途中で雪夜がまさに絵に描いたように目と口を真ん丸にして固まった…… 「~~~っ……」 「ん?」 「ふ……にゃああああああああああっっっ!!!!」  雪夜が声にならない声を出しつつ口をパクパクさせたかと思うと、急に叫んでベッドから飛び出した。 「え、ちょ、雪夜!?」 「がああああくしぇぇええええええんしぇぇええええええっっっ!!!」  寝室から飛び出た雪夜は、リビングでくつろぐ裕也と学島を見つけるなり、学島の前に華麗に滑り込むとそのまま土下座をした。 「わわっ!?ゆ、雪夜くん!?え、ど、どうしたんですかっ!?」 「すすすすみませんっっ!!俺、あの、先生のけ、携帯をっ……壊しちゃったみたいで……!!あの、俺、あんまり覚えてなくてっ……でも、俺がしたことだから……」 「え?……あ~、あぁ、いやあれは別に……」 「ああああのっ!!俺、先生の携帯、べ、弁償を……あ、でも俺今お金ないんだった……えっと、あの、ど、どうしよう……えっと……ぶ、分割払い?はダメか……えっと、しゅ、出世払い……」 「雪夜、お~い、ちょっと落ち着いて!大丈夫だから、ひとまず起き上がろうか。ね?ほら、おいで」  夏樹は、完全にパニクって半泣き状態になっている雪夜を抱き上げると、そのまま学島たちの隣に座った。 「な、夏樹さん……俺、俺、どうしよう……」    雪夜が困り切った顔で夏樹を見上げる。  うん、可愛い。  ……じゃなくて! 「どうもしなくていいよ?」 「ええ!?で、でも……」 「ちゃんと学先生に謝ることが出来たんだから、もうそれでいいんだよ」 「でも携帯が……」 「ゆ~きちゃん、僕は誰でしょうかっ!?」 「……ふぇ?」  突然、裕也が割り込んで来た。   「ゆ……裕也さん?」 「そうだよ~!がくちゃんの携帯は、僕が直しておいたから大丈夫だよ」 「え?直した……?」 「うん。なんせ僕、そういうの得意だからね!!」 「そうなんですよ。裕也さんが直してくれたので全然問題ないです。だから、気にしなくていいんですよ」  学島が雪夜に携帯を見せながらにっこりと笑った。   「壊れてない……の?」 「うん。壁も床もクッション性のある素材を貼ってあるから、多少衝撃が緩和されたのが良かったんだよね。まぁ、粉々になってなければどうにかな……」 「ゆ……」 「ん?」 「ゆ~やしゃぁああああああんっ!!!しゅきぃいいい~~~!!!」  感極まった雪夜が、裕也の首に抱きついた。 「ぅわっと……あはは、ありがと。僕も雪ちゃん好きだよ~~!!」 「ちょっと、目の前で俺の恋人とイチャイチャしないでもらえますかね……」 「やだ~、なっちゃんってば妬いてる~?」 「はいはい、離れて離れて!まぁ、そんなわけで大丈夫なんだよ」  夏樹は、調子に乗って雪夜と頬をむぎゅっとくっつけている裕也を引きはがすと、雪夜に微笑みかけた。 「はい……ありがとうございます!……本当にごめんなさいっ!!」  雪夜は夏樹からティッシュを受け取り鼻をかみつつ、もう一度みんなに頭を下げた――   ***

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