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夜明けの星 9-30(夏樹)
雪夜と菜穂子が固まるのも無理はない。
二人がリハビリルームに置いてある段ボール箱を開けに行った後、リビングでは兄さん連中の本気のじゃんけん大会が始まっていたのだ。
「絶対勝ぁああああっっつ!!」と無駄に叫びつつ、なぜかスクワットをする浩二。
「後出し厳禁!イカサマしたら池に放り込むぞ!」と指の関節をポキポキ鳴らして謎の威嚇をする晃。
「ぅっし!んじゃ、俺、パー出すから!!」と心理戦に出ようとする隆。
「やだなぁ、じゃんけんなら僕が勝つって決まってるでしょ?」と余裕の裕也。
「普通のじゃんけん?それとも、特別ルールありなのか?何回勝負!?」とやけに確認しまくる玲人。
「一番は俺だろ?」とじゃんけんもせずに並ぼうとした斎は、「抜け駆けすんじゃねぇよ!!」とみんなに引き戻された。
いやもう……俺、ツッコミが追い付かないです……
「おい、ナツ!お前はやらねぇのか?」
「え?いや、だって俺は……」
兄さん連中には悪いですけど、一番最初にもらえるに決まってますからね。
なんせ、恋人だし!?
「言っとくけど、お前が一番にもらえるとは限らねぇぞ?」
「何でですかっ!!俺は最初でしょ!?ねぇ、雪夜!?」
夏樹は振り返って雪夜に同意を求めた。
だが……
「あ、えっと、あの……ご、ごめんなさい!夏樹さんは……最後です……」
「……へ?」
予想外の返答に、夏樹は口を開けたまま固まった。
「な~んだ、お前最後だってよ!じゃあ、そっちで待ってろ!」
爆笑する浩二に背中を押されて、倒れるようにソファーに座り込む。
「よぉ~~っし、そんじゃ始めるぞ!さ~いしょ~は……――」
***
およそ5分後。
兄さん連中は、裕也、斎、晃、隆、玲人、浩二の順に、雪夜の前に大人しく並んでいた。
「えっと……もう渡しても……いいですか?」
「「「はーい!!」」」
兄さん連中が声を揃えて元気よく手を挙げた。
さながら、アイドルの握手会状態だ。
「あ、はい!えっと、それじゃ……裕也さん!いつもありがとうございます!あの、携帯のこととか……――」
雪夜はひとりひとりに、一生懸命、日頃の感謝を言葉にして伝えていた。
自分が子どもになっていた数年間のことはあやふやだけれど、兄さん連中がいっぱい助けてくれたことは話しにも聞いているし、何となく雪夜自身も覚えている。
だから、ずっと、ちゃんと感謝を伝えたいと思っていたらしい。
そんな雪夜の想いは兄さん連中にもしっかりと届いている。
みんなニコニコしながら雪夜の言葉を聞いていた。
が、夏樹はそれどころではなかった。
和やかに進んでいく握手会……じゃなくて、マフィン手渡し会を、夏樹はソファーに座って抜け殻状態で眺めていた。
ナンデ……オレ……サイゴ……?
「お~い、ナツ~?生きてるか~?」
固まったまま反応しない夏樹の前で、斎が手を振った。
「……」
「お?反応ねぇな」
「ねぇねぇ、なっちゃん!そんなんじゃマフィン食べられないよね?僕が代わりに食べてもいい?」
「はあっ!?ダメですよ!!っていうか、裕也さんのマフィン下さい!それ本当は俺のですよ!?」
聞き捨てならない言葉に、思わずガバッと起き上がり、裕也に手を出す。
「あ、生きてた」
「いや、これは僕のだし。っていうか、最後って決めたのは僕らじゃなくて雪ちゃんだからね?」
「そんなこと、わかってますよっ!!」
「だったらいじけんなよ。鬱陶しい!!もらえないわけじゃねぇだろ?」
斎に頭を軽く叩かれた。
それはわかってますけど!
でも、なんで兄さんらが先!?
「ほら、もう浩二の番だ。そろそろお前も行ってこい」
斎の言う通り、雪夜の前にはもう浩二しかいない。
けど……
「まだですね」
「なんでだ?」
「俺は最後だって雪夜に言われましたからっ!?」
「だから、あの次がお前だろ?」
「まだいますよ」
「ん?」
夏樹の予想通り、雪夜は浩二に渡し終えると、マフィンを持ってリビングを出て行った。
「あれ?雪ちゃん、どこ行くんだ?」
「たぶん、学……」
「学島先生に渡しに行っただけだよ。心配しなくてもすぐに戻って来るからね」
「あぁ……」
夏樹が答える前に、菜穂子が兄さん連中の質問に答えてくれた。
やっぱりな。
数分後、雪夜は学島と一緒に戻って来た。
「どうもお邪魔します。すみません……えっと、マフィンの材料費はどなたに渡せば……?」
「……え?」
学島の言葉に、全員が固まった。
「……」
しばしの沈黙……の後に、
「「「ブハッ!!」」」
兄さん連中が一斉に吹き出した。
「ちょ、がくちゃん!笑わせないでっ!お腹痛い!!あはははっ!」
「何を言うのかと思いきや……まさかの……はははっ!」
「く、はははっ……飲み会の参加費じゃないんだから!!」
「え?何か変なこと言いましたか?だって、このマフィンは皆さんが材料を揃えて持って来たって……」
「そうなんだけど、でもがくちゃんは払わなくていいよ!」
裕也たちが、笑いつつ学島に手を振った。
っていうか、学島先生!!
バレンタインってそもそも、そういう行事じゃないですから!!
好きな子に、「材料用意したので作って下さい」って頼み込む行事じゃないからね!?
それに、たしかに今回材料を大量に買って来たのは兄さん連中だが、それは無理を言って作ってもらう代わりに、今年のバレンタインに菜穂子が作る全てのマフィンの材料をプレゼントしただけだ。
兄さん連中は、菜穂子と雪夜から一個ずつもらえれば満足なので、残りの材料を使って何個マフィンを作って、どう分けて、誰に渡すかは、菜穂子たちの自由なのだ。
「そういうことだったんですか……じゃあ、有難く頂きますね!」
学島は、雪夜と菜穂子ににっこり笑ってペコリと頭を下げ、兄さん連中にも軽く頭を下げた。
「せっかく来たんだから、がくちゃんも一緒におやつタイムしようよ」
「おう、まぁこっち来いよ」
「あ、じゃあ、ちょっとだけお邪魔します」
学島が嬉しそうに兄さん連中の輪に入って行った。
***
「あの、夏樹さん……」
「ん?」
ようやく俺の番!?
次こそ自分の番だろうと待ち構えていた夏樹は、なぜか手ぶらの雪夜にそっと服を引っ張られた。
「どうしたの?」
あれ?俺のマフィンは?
「こっち……」
雪夜に手招きされたので顔を近づける。
「ちょっとこっち来て下さい」
雪夜は兄さん連中に聞こえないように、夏樹の耳元で囁いた。
「え?あ、うん」
夏樹はマフィンが落ちてないかキョロキョロしながら雪夜に手を引かれてその場を離れた。
雪夜さ~ん、俺のマフィンは?――
***
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