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夜明けの星 9-32(雪夜)

「これ、夏樹さん専用の特別マフィンです!」 「俺の分!?やった!ありがとう~!」  夏樹は満面の笑みでマフィンを受け取ってくれた。  が、笑顔のまま首を傾げた。 「ん?特大?」 「ち、違います!“特大”じゃなくて“”!!」  まぁ確かにちょっと大きめだけど…… 「え、特別……?」 「あの……なお姉がね?夏樹さんのは特別がいいでしょ?って……だからその……チョコ味と黒ゴマサツマイモ味のマフィンにちょっと……」 「チョコ味?……あっ!……、俺だけ?」 「はい!もちろんです!」 「そっか……」  夏樹はそう呟くと、軽く口元を押さえて黙り込んでしまった。  あれ?夏樹さん……こういうの嫌いだったのかな……    マフィンは、一人6個ずつ。  味はプレーン、チョコナッツ、抹茶あずき、紅茶ドライフルーツ、黒ゴマサツマイモ、ブルーベリーミックスの6種類だ。  夏樹の分は、チョコナッツの上には粉砂糖で、黒ゴマサツマイモの上には黒ゴマで、ハートマークをデコってある。  ちょっと恥ずかしかったけど、菜穂子に「特別な人にはちゃんと特別だって伝えなきゃね!」と言われたので、夏樹の分にだけ思い切ってデコってみたのだ。  菜穂子も斎の分にだけは、ハートマークをデコっていた。  でも、もっと喜んでくれるかと思ったのに、夏樹の反応がイマイチだったので不安になった。  夏樹さん……引いちゃったのかな?  どうしよう……今から俺のやつと交換して…… 「あの……ふ、普通のやつの方が良かった……ですよね……すみませ……」 「そっかそっか、これは俺だけかぁ~~!え、じゃあ、兄さんたちのにははないってことだよね!?自慢してきていい!?」 「ほえっ!?じ、自慢!?」 「え、ダメ?」 「だ、ダメじゃない……ですけど……」 「やった!じゃあ、あとでめちゃくちゃ自慢しよ~っと。ありがとね、すっごい嬉しい!」 「あ、いえ……こちらこそ……です」  急に夏樹が興奮気味に喋り出したので、呆気に取られてしまった。  作り笑顔には見えない。  本当に喜んでくれてるようだ。 「これ、全部味違うの?6種類も作ったってこと?スゴイね、大変だったでしょ?」 「あ、はい。いえ、あの、生地もトッピングとかも、なお姉がほとんど用意してくれて、俺は何も……たいしてお手伝いも出来なくて……だから大変だったのはなお姉で、そのマフィンはほとんどなお姉が作ってくれたマフィンなんですけど……」  本当に……俺は何も出来なくて……なお姉の足を引っ張っていただけだ。    雪夜はなんだか……ほとんどなお姉が作ってくれたマフィンなのに、雪夜からもらったと喜んでくれている兄さん連中や夏樹に申し訳なくて、自嘲気味に笑って下を向いた。 「雪夜?それでも、俺は嬉しいよ。それにね、雪夜は何もしてないって言うけど、そんなことないでしょ?だって、雪夜はボーっと見てるだけなんて出来ない子だもの。自分が出来ることを探して、一生懸命頑張ってお手伝いしたんでしょ?なお姉も雪夜は頑張ってたって言ってたよ。卵を割るのも上手になったって」  夏樹は雪夜の頭を優しく撫でながら、ちょっと屈んで顔を覗き込んできた。 「あはは……それまでにいっぱい失敗しちゃいましたけどね……」 「失敗してもいいんだよ。諦めずに続けること、最後までやり遂げることに意義があるんだよ。それに上手に割れるようになったのなら、ちゃんと頑張った成果が出てるってことだ。たった一日で成果を出せた雪夜はスゴイよ!」 「……へへ……そうですかね?」  夏樹さんは、何でも褒めてくれる。  俺がどれだけ失敗しても、どれだけ役立たずでも……それまでのちっぽけな頑張りをちゃんと認めてくれる。    夏樹さんは俺に甘すぎるよ……  と思いつつも、そういうところが…… 「あっ!そうだっ!」  雪夜は、ふと大事なことを思い出して、雪夜を抱きしめようとしてくれていた夏樹の胸元を思いっきりドンっと押した。 「……えっ!?……なに、どうしたの?」 「もう一つあるんですよ!」 「へ?」  驚いた顔の夏樹を横目に、慌てて枕の下からもう一つのラッピング袋を取り出した。 「あの、これ……これはちゃんと俺がひとりで作ったんですけど……」  雪夜は、折り紙で折った不格好なハートが入ったラッピング袋を夏樹に手渡した。   「あのね?前に夏樹さんと一緒に折りたいって……」 「あ……あの時のやつ?」 「はい!あ、違います!えっとね、あの時のやつとはちょっと形が違うんですけど、あれから俺、ずっとがく先生のところに行ってたでしょ?実は――」  雪夜は最初はひとりでコッソリと折るつもりだった。  でも、細かい作業がまだ苦手で、指先にうまく力が入らないので、破いてしまったり折り目がちゃんとつかなかったり……それに、動画で見ると簡単そうだったのに、結構難しい部分があって、思っていた以上に折れなかった。  そこで、学島にも手伝ってもらって、練習していたのだ。  学島は、自分の不器用さに落ち込む雪夜を励ましつつ、解決策をいろいろと考えて根気強く練習に付き合ってくれた。 「めちゃくちゃいっぱい折ったんですけど、結局キレイに折れたのはそれだけで……いや、それもまだ不格好なんですけど……」  うわぁ……  雪夜は、夏樹が袋からハートを取り出して眺めているのを見て、改めて自分が折ったハートの(いびつ)さにショックを受けた。  そのハートは、自分が折ったハートの中では、一番上手に折れていた。  でも、単体で見ると……  渡さなきゃ良かった……あんな不格好なの……  本当は……もっといっぱい、もっとキレイなハートを折って……夏樹さんにプレゼントしたかったのに……  “好き”の数だけいっぱい……  マフィンはなお姉にほとんど作ってもらっちゃったから、せめてちゃんと自分で折ったハートをって思ったんだけど……あれじゃただの…… 「ふ、ははっ……はははっ……!!」  雪夜の話しをふんふんと頷きながら聞いていた夏樹が急に笑い出した。 「え?あの……」 「雪夜~!ありがとう!」 「ゎっ!?」  夏樹は笑いながら雪夜を抱きしめて来た。 「そかそか、がく先生とね~……これを折る練習してたんだ?」 「あ、はい……」 「なるほどね~……ふふ……」 「あの、夏樹さん?」  夏樹がなぜ笑っているのかがわからない。  マフィンを渡した時の喜び方とはなにか違って見える。  あまりの下手さに呆れちゃった?  渡した直後に渡したことを後悔していた雪夜だったが、夏樹はやけに楽しそうに笑いながら雪夜の額にコツンと額をくっつけてきた。 「ねぇ雪夜、俺からもバレンタインのプレゼントがあるんだけど、受け取ってくれる?」 「え?」  そういうと、夏樹は雪夜の頬に軽くキスをして雪夜をベッドに腰かけさせ、「ちょっと待ってて」とクローゼットを開けて何かを取り出した――……   ***

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