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夜明けの星 9-33(雪夜)
夏樹は、クローゼットから少し大きめのラッピング袋を取り出した。
「はい、これ。俺からのバレンタインのプレゼント」
え、夏樹さんから……バレンタインに!?
ホワイトデーじゃなくて!?
「……あ、ありがとうございます」
何とかお礼を言って受け取ったものの、バレンタインに夏樹からもらえるとは思っていなかったので、驚きすぎてプレゼントをジッと見つめたまま一瞬思考が停止してしまった。
「……雪夜?大丈夫?」
「ふぇっ!?」
夏樹に頬を撫でられてようやく我に返った。
「えっと……あの……開けても……いいですか?」
「もちろん!開けてみて?」
「あ、はい!それじゃ……」
雪夜はプレゼントをベッドの上に置いて、丁寧にリボンを解くと、袋の中からそ~っと箱を取り出した。
「ぅわぁ、可愛い!ハート型だ!」
袋の中から出て来たのはわりと大きめの赤いハート型の箱だった。
「ピンクと赤どっちがいいかな~ってちょっと悩んだけど、やっぱり赤かなって……」
夏樹は先日久々にひとりで出かけた。
夏樹にこのまま置いて行かれるような気がして不安になった雪夜は、学島とのお留守番中にパニックになってしまい夏樹を早々に呼び戻してしまったのだが、どうやらこの箱は、その時に買ったらしい。
え、じゃあ、あのお出かけは俺のためだったの?
「まぁ、他にもいろいろ買いたいものがあったんだけど、一番の目的はそれだね」
「そうだったんですか……すみません、俺……そんなこととは知らずにひとりで大騒ぎしちゃって……」
「いや、知らなくて当然だよ。何を買いに行くか言ってなかったからね。それより、開けて見て?」
「え?あ、そうか!」
夏樹に中を見るよう促されて、慌てて蓋を取った。
ハートの箱だけで感動して満足してしまっていたけれど、考えてみれば空箱だけをプレゼントってことはさすがにないよね。
一体どんな大きなお菓子が入って……ん?
「……え?夏樹さん、これって……」
雪夜は箱の中を見て、ちょっと戸惑い気味に眉をひそめた。
箱から溢れんばかりにぎっしりと詰め込まれていたのは……
「それは全部俺が折ったやつ」
「夏樹さんが!?」
雪夜はマジマジと箱の中を見つめた。
夏樹からのプレゼントは、雪夜が折ったハートよりもさらに複雑な折り方のハートから簡単なハートまで、いろんな種類、いろんな大きさの、色とりどりのハートの詰め合わせだった。
しかも、どれも雪夜が折ったハートよりもキレイだ……
「実はね?――……」
雪夜が学島のところに行っている間、夏樹もひとりでハートを折っていたらしい。
「俺ね、雪夜が相手してくれなかった間、ずっと雪夜のことを考えてたんだ。最初は、雪夜が一緒に折りたいって言ってくれてたやつだから、ちょっと折ってみようかなって思って軽い気持ちで折り始めたんだよ」
「え……?」
「でも……調べてみるとハートの折り方は思っていたよりも種類が多くて……折ってるうちに何だか楽しくなってきちゃってね。雪夜のことを考えて、雪夜の好きなところをひとつひとつ思い浮かべながら作っていったら、いつの間にか……こんなにハートがいっぱいになってた」
夏樹がちょっと照れ笑いをしながらハートを一つ取って、雪夜の手のひらに置いた。
ハートには、ひとつひとつに文字が書かれていた。
「はにかんだ笑顔」「ちょっとドジなところ」「頑張り屋さんなところ」「負けず嫌いなところ」「諦めないところ」「キラキラした瞳」――……
「これって……」
「全部雪夜の好きなところだよ」
「これ全部……?」
「うん。あのね、書き始めると止まらないから一応要約してあるけど、それ全部ホントはもっとちゃんと好きな理由があるからね!?あとね、ちょっと箱が小さすぎて入りきらなくて……でも雪夜の好きなところまだまだあるんだよ!ほら、こっちに……」
そう言って夏樹がハートの箱と同じくらいの大きさの段ボール箱を出して来た。
その中にもぎっしりと、ハートが詰め込まれていた。
「えええっ!?もしかして、これ全部に……?」
「うん、もちろんひとつひとつに雪夜の好きなところを書いてあるよ!」
夏樹はにっこりと笑った。
「……ぃ」
「ん?」
「ズルいぃいいい~~!!」
まさかのハート返しをされて面食らった雪夜は、思わず夏樹に向かって泣きながら叫んでいた。
「え?雪夜……?」
「夏樹さん、ズルいですよぉ~~!!」
「俺!?ズルいって、何が!?」
「だって……」
だって……折り紙でハートをいっぱい作って……いろんなハートを折って……ハート型の箱に詰めて……って……雪夜も最初そうしようと思っていた。そうしたいと思っていた。
でも結局上手に折れなくて、箱なんて手に入らなくて、なお姉にラッピング袋をわけてもらうので精一杯だった……
俺もしたかったのに……夏樹さんにいっぱいハートをプレゼントしたかったのに……
可愛さ余って何とやらじゃないけど、嬉しさ余って悔しさ百倍ですっっ!!
「夏樹さんだけズルいぃい~~!ぅわぁあ~~んっ!!」
「ええっ!?……えっと、俺が悪い……のかな?なんかごめん……?」
雪夜が急に泣き出したので、夏樹が困惑しつつ雪夜を抱き寄せた。
「ごめ……っ……さい……あの、違くて……夏樹さんは悪くないんですけど……ただ、俺が……ひっく……夏樹さんにしたいと思ってたことを全部してくれたから……だから……」
「え、雪夜も同じこと考えてたの?」
「……っく……がくせんせーですか?」
「ん?」
「がく先生に聞いたんですか?」
ハートを練習している時に、学島にチラッと話したことがある。
こんな風にして渡そうかな~……
でもハートの箱いっぱいにハートって夏樹さん引いちゃうかな?
どうやって渡そうかな……
雪夜が何をしようとしていたのか知っているのは学島だけだ。
「いや、俺が何回聞いても学先生は「雪夜くんとの約束だから秘密です!」って教えてくれなかったよ。だから、俺は雪夜がハートを練習してることも知らなかった」
「だって……じゃあ、なんで……?」
がく先生に聞いてないのに、どうしてここまで雪夜と同じことを……
「ふっ、はは、ねぇ雪夜。さっき雪夜からハートを貰った時にね、俺がどれだけ嬉しかったかわかる?」
「え?」
「だって、俺たち偶然一緒のこと考えてたんだよ?雪夜は思っていた通りには出来なかったみたいだけど、俺だって、ハートの箱が小さすぎて入りきらないっていうミスはあった。でもそもそも、やろうとしていたことがほとんど同じって……すごいと思わない?」
夏樹が嬉しそうに笑った。
あ……だからさっき……俺がハートを渡した時に笑ったのか!
言われてみればそうだ……
雪夜がしたくても出来なかったことを夏樹がしてくれたってことが嬉しくて、ビックリして、でもちょっぴり悔しくて、なんだか混乱してしまっていたけれど……
「そっか……俺たち、同じことを考えてたってことですよね……?」
「うん、そういうことだよね?」
「わぁ~……え、すご……めちゃくちゃすごくないですか!?」
ようやく夏樹の言っている意味がわかって、雪夜もこの偶然に改めて驚いていた。
「ゆ~きや?」
雪夜がひとりでブツブツ言いながら感動していると、夏樹が頬に触れて来た。
「因みに、バレンタインは一応今日で終わりだけど、俺のバレンタインはまだ終わってないからね?」
「へ?」
「いつまででも待ってるよ?」
「待ってるって……」
何をですか?
「雪夜からの、箱いっぱいのハート」
「……ええっ!?」
「楽しみにしてるね!」
夏樹はそう言って雪夜に軽くキスをした。
「あ、あの、来年のバレンタインの間違いじゃ……」
「来年は来年。今年は今年」
「ですよね~~……ぁはは……」
今年中に渡せるように……頑張りますっ!!
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