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夜明けの星 9-34(夏樹)
バレンタイン以降、雪夜は以前よりももっとリハビリに力を入れるようになった。
学島にお願いしてリハビリのメニューに、日常生活での細かい作業なども取り入れてもらったので、日常生活での手指の使い方もだいぶ危なっかしさがマシになってきた。
なぜそんなに必死にリハビリを頑張っているのかと言うと、マフィン作りで菜穂子にかなり負担をかけてしまったことが申し訳なくて、ほとんど役に立たなかったことが雪夜自身相当悔しかったらしい。
因みに雪夜は、夏樹が無茶振りした折り紙のハートも、毎日最低1個は折る練習をしている。
今までは多少ズレていたり、ちょっと不格好でもそれが味があっていいとしていたが、夏樹にプレゼントするためにちゃんと端っこを合わせてキレイに折っていきたいと、以前よりも集中しているので、いいリハビリになっているようだ。
ただ、「これは夏樹さんへのプレゼントだから……」と、夏樹の前では折ってくれない。
ハートを折る時は相変わらず学島のところに行ってしまうのが、夏樹としては誤算だった。
もう俺へのプレゼントだってわかってるんだから、隠す必要なくないか!?
と、思うのだが、キレイなのが折れるようになるまでは見られたくないらしい……
う~ん、複雑……
***
「夏樹さん、大変大変っ!」
「ん?」
「見て下さい!!」
雪夜が得意気にボウルを見せて来た。
ボウルには、丸いお月様が3つ浮かんでいた。
「お、上手に割れたんだね!スゴイ!殻も入ってない!」
「はい!3個全部ちゃんと割れました!」
「ははは、やったね!」
雪夜とハイタッチをしてギュっと抱きしめた。
菜穂子が言っていた通り、雪夜は上手に卵を割れるようになった。
それでも3個に1個は殻が入ったり、黄身が潰れたりするのだが、今回は珍しく3個連続で成功したらしい。
「う~ん……ねぇ、雪夜。せっかく全部成功したんだから、これは目玉焼きにしない?」
「……え?目玉焼きですか?」
「だって、潰しちゃうのはもったいないでしょ?卵焼きはまた明日にして、これはそのまま形を崩さずに目玉焼きにしようよ!ね?」
「はいっ!!」
雪夜が嬉しそうに笑った。
一応これも雪夜のリハビリだ。
毎日、昼飯を作る時に、雪夜にも少し手伝ってもらっている。
雪夜が今日作ろうとしていたのは「卵焼き」だ。
雪夜は、次に菜穂子に会う時までに何か一つでも料理をマスターして、菜穂子に食べてもらいたいと張り切っている。
そして、数多ある料理の中から、菜穂子に食べてもらう料理に雪夜が選んだのは「卵焼き」だった……
***
「――なお姉に食べてもらうのって、例えばどんな料理を作ってみたいの?その内容次第で、練習の内容も材料も変わってくるよ?」
「えっと……たしか、俺って……記憶が間違ってなければ、前に卵焼きを作ったことありますよね?だから、練習すれば卵焼きは作れるはずなんですよ!」
雪夜は、少し不安そうに、でも最後だけはなぜか自信満々に答えた。
うん、雪夜?練習すれば他の料理も出来るようになると思うよ?
というツッコミは心に閉まって、雪夜に返事をする。
「そうだね。卵焼き作ってくれたことあるよ。お弁当箱に詰めて大学に持って行ったよね。佐々木と相川にも食べてもらうって……」
「大学……あ、はい!そうですよね!?佐々木たちも食べてました!おいしいって言ってくれて……」
どうやらこれも少し記憶が抜けているらしい。
雪夜が記憶を探りつつ、思い出そうとしていた。
「……あれ?夏樹さんにも食べてもらいましたよね……?」
「うん、食べたよ。俺も雪夜の卵焼き、お弁当箱に詰めて仕事に持って行ったんだよ。浩二さんと斎さんもおいしいって喜んでたよ!」
「あ、そっか。お仕事……そう……ですよね?……あはは……」
雪夜の表情が一瞬強張って、誤魔化すように笑った。
何が引っかかったのかな?
またひとりで抱えこまないといいんだけど……
***
「よし、それじゃ焼いてみようか。こっちにおいで」
夏樹は、雪夜をコンロの前に呼んだ。
「あ、はい!」
「火を使う時は集中しなきゃダメだよ?ボーっとしてると危ないからね?大丈夫?」
雪夜は、火に関してはあまりトラウマがないらしい。
それはいいのだが、料理の最中に、例えば「〇〇分茹でる」だとか「~するまで待つ」という工程が出て来ると、待っているそのたった数分の間にぼんやりと考え事をしてしまうことが多く、火傷しかけたり焦がしたりはしょっちゅうだ。
下手をすれば、それが新たなトラウマを生む可能性もある。
だから、毎回夏樹は料理の前に雪夜にこうやって確認をするのだ。
「ふぁい!ダイジョブでしゅっ!」
「うん、気合入りすぎだね!ちょっと肩の力抜こうか」
夏樹は笑いを噛み殺しつつ、雪夜の肩を軽く叩いた。
今日は目玉焼き、焦がさずに作れるかな~……?――
***
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