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夜明けの星 9-35(夏樹)
「おはよ~、雪夜。起きられそう?」
「……ぅ~~~~……」
雪夜が顔を伏せたまま小さく唸った。
うん、ご機嫌斜め。
「お薬だけでも飲みに行こう。それからまた寝ていいから。ね?」
「ん゛~~~……」
雪夜が枕に顔をゴシゴシ擦りつけながら、イヤイヤをする。
「……抱っこしましょうか~?それとも、薬持ってこようか?」
「……ん」
「ん?はい、あ~く~しゅ!」
布団からにょきっと手が生えたので、夏樹は何となくその手と握手をした。
すると、「違う!」というように夏樹の手が振り払われて、今度は両手が生えて来た。
「ははっ、ほら、出ておいで!」
夏樹はちょっと苦笑しつつ、両手を持って雪夜を布団から引っ張り出した。
「ん~~……」
万歳の状態で上半身起こされた雪夜は、眩しそうに顔をしかめながら薄目を開けて夏樹を確認すると、そのまま倒れ込むようにして夏樹の首にしっかりと抱きついてきた。
おっとぉ?今日は甘えん坊さんな日か。
「は~い雪夜く~ん、ちょっとごめんね~……お熱測らせてくださ~い」
夏樹は雪夜のこめかみあたりに自分の頬を押し当ててから、体温計を手に取った。
別荘には、わきで測るタイプと耳で測るタイプの体温計があって、雪夜の体調とその日の精神年齢によって使い分けている。
体温を測ったあと、夏樹は雪夜を抱き上げてキッチンへ向かうと、抱っこしたまま朝食を食べた。
自分が食べながら、時折雪夜の口にも小さい欠片を放り込む。
雪夜は、目は閉じたままだが、一応口は開けてモグモグもする。
「雪夜、ちゃんとモグモグして。口の中に入れたまま寝ちゃダメだよ!」
「……ふぁ~ぃ……もぐ……もぐ……」
「言わなくていいから食べて~!……」
夏樹にとっては、慣れた朝の風景だ。
雪夜の精神状態が大学生に戻ってからも、わりと朝はこの状態の方が多い。
食べている途中で覚醒することもあれば、今日のように食べながらまた眠ってしまうことも……
さすがにここまでべったりになるのは久々だけど……
夜中に悪夢にうなされて目を覚ますのは、相変わらずほぼ毎晩……ただ、その頻度が日によって違う。
寝不足状態が続くと、この状態になりやすい。
悪夢を見るのに関係しているかどうかはわからないが、気温、天気、気圧などでも体調は左右される。
ずっと室内にいるし、ほとんど一定の温度で過ごしているものの、気圧の変化などの影響は室内でも受けてしまうらしい。
夏樹はあまり影響を受けないのでわからないが、雪夜の場合は顕著に出て来る。
今年の春は、気圧の差が激しいらしい。
そして、雪夜がこうなっている一番の原因は……
お花見で張り切り過ぎたこと。
雪夜は、お花見までに猛練習をして卵焼きは以前作ってくれたやつよりも更に美味しく作れるようになった。
お花見当日、雪夜はバレンタインの時のお礼と言って菜穂子に卵焼きを作って食べてもらった。
菜穂子はとっても喜んでくれて、雪夜も嬉しそうだった。
そうして無事目的を達成できたまでは良かったのだが、雪夜の卵焼きと聞いて兄さん連中が黙って見ているわけもなく……
兄さん連中に「一口だけでも食べたい!」と言われた雪夜は、兄さん連中の分も張り切って卵焼きを作ったのだ。
結果、みんな美味しいと喜んで食べてくれたが、雪夜はそれまでの猛練習と当日いっぱい卵焼きを作ったことによる疲れと、この春の低気圧による体調不良が重なって、お花見以降グダグダの状態なのだ。
まぁ、夏樹としては、ぐずぐずでべったり引っ付いてくれるのは嬉しいので全然構わないが、睡眠不足にプラスしての頭痛や吐き気、眠気などと戦っている雪夜は大変だろうと思う。
春になったら少し外に出てみようと思っていたが、この調子じゃしばらくは無理っぽいな……
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