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夜明けの星 9-37(夏樹)

 夏樹は雪夜をベッドに下ろすと、隣に座った。 「薬が効いてくるまで、ゴロゴロしてていいよ」 「ぁ~ぃ……」  雪夜は、頭の痛みや吐き気を紛らわすかのように、文字通りベッドの上をゴロゴロし始めた。  左右だけでなく、時折、時計の針のようにグルグル回る。  雪夜は精神年齢が子どもになっていたとしても、身体は大学生のままだ。  ベッドが広いとはいえ、当然、夏樹は蹴とばされる。  かといって、ベッドから下りようとすれば、「だめ!」と引き留められる。  うん、理不尽……  まぁ、別に雪夜に蹴られたくらいじゃたいして痛くはない。  夏樹はただ、「ここにいると邪魔かな?ひとりの方が好きに動き回れていいかな?」と思ってベッドから下りようとしただけなのだ。  だが、雪夜は夏樹が怒ったのだと思ったらしく、その後はグルグル回る時でも夏樹を強く蹴らないように慎重に回るようになった。  “回る行為を止める”という選択肢はなかったらしい。  いや、いいんだけどね? 「ぅ~~ん……」  雪夜が唸りながら、気だるげにゴロゴロする。  夏樹はその横で片膝を立ててタブレットを弄っていた。  しばらくして、ふと違和感を感じて伸ばしている方の足を見ると、雪夜が太もも辺りに頭をグリグリ擦りつけてきていた。 「どうしたの?もうゴロゴロは終わり?」  タブレットを置いて雪夜を抱き上げる。 「あのね……ぎゅ~っ……して?」  俯いた雪夜が、遠慮がちに呟いた。  子ども雪夜になっている時は、わりと素直に口に出してくれる。  それでも、たまに様子を窺うように呟く時があるのだ。 「はいはい、喜んで!ぎゅぅ~~っ!」  夏樹は雪夜が苦しくない程度に力を込めて抱きしめると、雪夜の頭に頬を擦りつけた。 「痛いの痛いの飛んでけ~!」 「ふふっ……」 「なぁに?面白かった?」 「もっかい!」 「いいよ~?痛いの痛いの飛んでけ~!――」  こんなのただの気休めでしかないと思うが、夏樹も子どもの頃は母がよくしてくれた。  母がしてくれると、本当に痛みがなくなった気がしていたものだ。  俺も一応、子どもの頃はまだ純粋だったからね……  母は、おまじないの前後にいろいろと言葉を足していたように思うが、さすがにそこまでは思い出せないし、思い出したとしても口に出せない気がする。  なんせ、母はメルヘンチックな人だったし……  大人になるにつれてそのおまじないの言葉自体忘れていたけれど、病院で子ども雪夜と接している時にふと思い出して自然に口から出ていた。  もちろん、これをしたからと言って、いきなり痛みがなくなるわけではないが、多少は気が紛れるのだろう。  気休めでも、何もないよりはマシということだ。  雪夜は頭痛に顔をしかめつつも、「もっかい!」と嬉しそうに繰り返した。  雪夜も……遠い昔に、母親にしてもらったことがあるのかもしれないな…… *** 「――ちょっとはマシになってきた?」 「ん~……」  おまじないが効いたというよりは、薬が効いてきたのだろう。  30分程経って、夏樹に抱きつく雪夜の表情が少し落ち着いてきた。 「よしよし、少し眠れそう?」 「……ん……」  背中をトントンと撫でると、雪夜が身体の力を抜いて夏樹にもたれかかってきた。 「なちゅ……しゃん……」 「ん~?」 「さくら……きれ~だった……ね~」  雪夜がぼんやりと呟いた。  お花見の時のことを思い出しているらしい。 「うん、キレイだったねぇ」 「おべんと……おいしかった……」 「うん、隆さんたちが作ってくれたお弁当、美味しかったよね。雪夜の卵焼きもめちゃくちゃ美味しかったよ!」 「たまご……みんな……たべてた……ね」 「うん、みんな美味しいって食べてたね!」 「ふふっ……うれし~ね……」 「うん、嬉しいねぇ」 「……たのしかった……ね~……」 「うんうん、楽しかったね。また来年も見ようね。みんなでお花見しようね!……雪夜?」  寝たのか……    夏樹はずり落ちかけていた雪夜をしっかりと抱き直して、雪夜の頭に顔を埋めた。 「来年も、再来年も……ずっと……ね?」 ***  

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