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夜明けの星 9-39(夏樹)

「う~ん!気持ちいいね~!」  車から降りた裕也が、両手を上にあげて大きく伸びをした。 「思った通り、平日は空いてるな」  斎が周囲を見回して、ホッとしたように小さく息を吐いた。  休日は利用者が多い公園だが、平日の昼間はさすがに人が少ない。  雪夜にとっては人が少ない方がいいのでちょうどいい。   「雪夜~、着いたよ~」 「ん~……」 「爆睡だな~……昨夜は眠れたんだろ?」 「はい、うなされて起きる回数は少なかったので、いつもよりは眠れていると思うんですけど……」  夏樹は斎に答えつつ、腕の中の雪夜を見た。    雪夜は車に乗った後、やけにテンションが高かった。  久々のお出かけなので楽しみというのもあるだろうが、半分は……不安を紛らわせていたのだろうと誰もが気づいていた。  なぜなら、子ども雪夜の時もお出かけする時は同じように不安を紛らわせようと、変なテンションではしゃぐことがあったからだ。  そして、案の定、車に酔った。  酔い止めの薬は飲んでいたものの、極度の緊張のせいか効きが悪かったらしい。  ひとまず人気(ひとけ)の少ない場所に車を停めて、夏樹が雪夜を抱っこして寝かしつけてから再び出発したので、公園に着いた時にはもう昼前になっていた。  別荘に引き返すという選択肢もあったが、もし引き返せば、「みんなを待たせてしまってごめんなさい……」と必死に吐き気を堪えて謝っていた雪夜が「自分のせいでお出かけが中止になっちゃった……」と更に気にしてしまう。  だから、とりあえず公園までは行こうということになったのだ。 「まぁ、そのうちに起きるだろ。んじゃ先に荷物おろして芝生に持って行くか」 「そうですね」 「はーい!」 *** 「……ん~……?」 「あ、起きた?気分はどう?」 「……ぁぇ?なちゅ……しゃ……ここ……どぉこ?」  雪夜が寝惚け眼を擦りながら、周囲を見渡した。 「公園だよ」 「こ~えん……あっ!公園!そうだ、公園に行くって……でも俺、途中で気分が悪くなって……あれ?いつの間に!?」 「うん、気分が悪くなって少し寝てたんだよ。着いたのはついさっきだよ」 「そうなんですか……あれ?みんなは?」 「ん?斎さんたちならあそこで遊んでるよ。はい、ちょっとお茶飲んでおこうか」  夏樹は雪夜にお茶を渡して、少し離れた場所にいる斎たちを指差した。 「へ?あ、ありがとうございます……あそこで何やってるんですか?」 「さあ?サッカーボール持って行ったから、たぶん、リフティング大会でもしてるんじゃない?」 「え、斎さんたち、リフティングできるんですか!?」 「学先生はどうかわからないけど、斎さんと裕也さんは出来るよ。ほら、次は裕也さんの番だ。何回出来るか数えてあげて?」 「はい!え~と、1,2,3……」  夏樹はちょっとした冗談のつもりだったのだが、雪夜はちょっと前のめりになって目を凝らし、真剣に数え始めた。    う~ん……しまった……軽々しく言うんじゃなかったな……  適当なところで止めるか……  なんせ、裕也たちは放っておくと延々とリフティングが出来るのだ。  ずっと数えていると、雪夜の喉の方が先にダメになってしまう。  因みに、兄さん連中は、リフティングは出来るがサッカーは出来ないらしい。 「サッカーだけじゃなくて、スポーツ全般出来ねぇよ。だって疲れるじゃねぇか」  とのことだが、学生時代、一度に何十人もを相手にケンカをしていた人たちがどの口で「疲れるから嫌だ」だなんて言っているのやら…… 「――156,157、158……160、141、142……あれ?」  ふと気が付くと、もう雪夜の声は少し掠れ、数もあやふやになってきていた。 「あ~!雪夜、ごめん、喉痛いでしょ。もう数えなくていいよ。たぶん、裕也さん放っておいたら500くらい行くだろうし」 「165……ふぇ!?500~!?……あっ!えっと、150~……あ、違う!160~……あ~もぉ~!数がわかんなくなっちゃったよぅ……」  手の指も使って数えていた雪夜だったが、夏樹の声に一瞬よそ見をしてしまい、自分がどこまで数えていたのかわからなくなったらしい。  うん、その前からもう数は怪しかったけどね?  雪夜は「ダメだ~~~!!」と両手をあげて「お手上げ」のポーズをすると、そのまま後ろに倒れこんだ。 「おっと……」  ピクニックシートを敷く際、芝生の上に石などがないのは確認してあるが、それでも夏樹は反射的に雪夜の後頭部の下に鞄を滑り込ませた。  雪夜の頭がポスンとクッション代わりの鞄に乗ったのを見て、ホッとする。 「ごめんね、せっかく数えてたのに。邪魔しちゃったね」 「夏樹さんのせいじゃないですよ。俺がちゃんと数えられなかっただけです……100を超えるとわけがわからなくなってきちゃって……」 「うん、それは俺もなるよ」 「そうなんですか?」 「ひたすら数だけ数えていくと、100を過ぎた辺りから飽きてくるんだよね」 「飽きて……?そっか……たしかに、それで段々と集中できなくなってくるんですかね!?」 「少なくとも俺はそうだね」 「なるほど~!」 「お~い!雪ちゃん、おいでよ~!」  雪夜が起きたことに気付いた裕也が、リフティングをしながら雪夜を手招きした。 「行っておいで。俺はここで荷物番してるから」 「え……?でも……」 「大丈夫、ちゃんとここから見てるよ」 「……はい!それじゃ後で荷物番、交替しますね!」 「ん?あぁ、うん。ありがとう」  雪夜はにっこり笑うと、斎たちのいる方へと小走りで向かって行った。  夏樹はその背中を見ながら、携帯を出して写真を撮る準備をした。    なんせ、今の雪夜とのの外出だからね!!  いっぱい撮っておかなくちゃ! ***

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