611 / 715

夜明けの星 9-41(夏樹)

 昼食の後は、少しだけ遊んで帰宅した。  雪夜は遊び疲れたようで、車に乗るとすぐに眠ってしまったので、そのままベッドに運んだ。 「雪ちゃん大丈夫そうか?」 「疲れて爆睡してるんで大丈夫だと思います」  思いっきり疲れて爆睡している時はあまりうなされることなく眠ることが出来る。  かといって、毎日そんなに疲れさせると今度は体力的にキツクなるので、加減が難しい。  夏樹はそっと寝室の扉を閉めて、ソファーに座った。   「そんじゃ、とりあえず今日のお出かけで気になったことをあげていくか」 「はい。あ、お先にどうぞ」  夏樹は斎が入れてくれたコーヒーを飲みつつ、斎たちに先を促した。  今日のお出かけは、雪夜を外に慣らすことが目的だ。  遊びながらもそれぞれが雪夜の様子を注意深く観察していた。 「んじゃ、学ちゃんからどうぞ」  斎が隣に座っていた学島に話を振った。 「はい。え~と……運動機能はだいぶ良くなってきてます。ふらつくことはあっても、バランス感覚や体幹もついてきているのでしっかり歩けていますし、全力疾走は無理でも駆け足程度なら出来ていました。すぐにバテてしまうのは、まぁ、体力的な問題なので、それは日々のリハビリの中で持久力をつけていくようにしていけば……雪夜くんの場合はどうしてもその……具合が悪くなったりするとリハビリが思うように出来ないこともありますから、急には無理ですが……でも本人が頑張っているので少しずつ改善できると思いますよ!」 「雪夜が寝込むのは仕方ないので、焦らずにいくしかないですね……」  みんなと遊んでいる時の雪夜は、思っていたよりはしっかりと動けていた。  転びそうになっても足を踏み出して踏ん張り、ちゃんと自分で体勢を整えることが出来ていたのは驚きだった。  学島が言うように、この調子で持久力もつけていけば、運動機能は問題なさそうだ。  いつもは転びそうになるとすぐに俺が助けちゃうからダメなのかな……?  いや、でもな~……目の前で恋人が転びそうになっていたら思わず支えちゃうよね!? 「次は……」 「はいはーい!んじゃ僕が気づいたこと言っていい~?」  裕也が手を挙げた。  こういう時は最後まで黙っていることの方が多いので少し意外だ。 「どうぞ」 「え~とね、今日って人少なかったでしょ?でもたまに近くを通った時にね、ちょっと表情が強張ってたみたいに見えたんだけど、どう思う?」 「あぁ……そうだな」  近くと言っても、広場は広い。  わざわざボール遊びをしている雪夜たちに近付く人はいないので、かなり距離はあった。   「うん、距離はあったんだけど、見晴らしがいいから雪ちゃんには実際よりも近く見えたんだと思うんだよね。まぁ、だから、距離っていうよりはもしかすると、視界に入ってきたことに反応したのかもしれないんだけど……」 「両方だろうな。視界に入った時点で気になっていたはずだ。それが近づいてきたから余計に警戒したのかもしれないな」 「そかぁ……」  あれだけ距離が空いていても警戒するってことは、人が大勢いるような場所にはまだまだ行けそうにないな…… 「あと、ユウのやつに足すとしたら、声かな。俺たち以外の声が聞こえた時もちょっと顔が強張ってた。で、俺たち以外の声がしたり視界に入って来たりして不安になると、必ず……」 「ナツの方を見る」 「なっちゃんを見る」  裕也と斎が声を揃えて夏樹を見た。 「へ?俺ですか?」 「何かある度にすぐにお前の方を見てたの気付かなかったか?」 「え、いや……」  雪夜がしょっちゅう夏樹のことを見ていたことには気が付いていたが、夏樹が写真を撮っているせいかと思っていた。 「写真見せてみろ」 「はい……これですけど……」  斎に携帯を渡す。 「あ、この雪ちゃん可愛い~!なっちゃん後で送って~!」 「これも可愛いな。俺も送ってくれ……っつーか、自分で送った方が早いな」 「たしかに~!」  写真に何か写っているのかと内心ドキドキしていたのだが、斎と裕也は雪夜の写真を見て目尻を下げているだけだ。 「あの、兄さん方?もしも~~し!」 「何だよ?」 「この写真がどうかしたんですか?」 「いい写真だよな」 「え?あ、はい」 「どれもいい笑顔だろ?お前がいるのを確認してホッとしたからだよ」 「たぶん、雪ちゃんは無意識なんだろうけどね」  斎たちが言うには、雪夜は病院でも別荘でも、常に夏樹を目で追っているらしい。 「そりゃまぁ……一応恋人ですし……?」 「つまり、雪ちゃんが外に出るにはお前が必要不可欠で、逆に言えばお前がいれば外に出ても大丈夫ってことだ」 「へ?」 「ナツが一緒にいれば、多少の不安があっても大丈夫ってことだよ。だからこれからはもっと外に出る機会を増やしても……」 「あ、待って!雪ちゃん起きそう」  裕也カメラで寝室の雪夜の様子を見ていた裕也が、話しをぶった切った。 「え?あ、ちょっと行ってきます!」  夏樹は急いで寝室に戻ると、寝ぼけてキョロキョロしている雪夜を抱きしめた。 「なちゅしゃ……?」 「はい、おはよ。もう帰って来たんだよ。わかる?別荘の寝室だよ」 「べっそう……?」 「うん、お出かけしてたのは覚えてる?」 「おでかけ……」  雪夜がぼんやりと繰り返す。  あ、これまだ寝ぼけてるな。 「もうちょっと寝る?いっぱい遊んだから疲れたでしょ」 「……ん」  雪夜が夏樹の胸元に顔を擦りつけて、目を閉じた。 「よしよし、おやすみ」 ――雪ちゃんが外に出るにはお前が必要不可欠で、逆に言えばお前がいれば外に出ても大丈夫ってことだ  雪夜を寝かしつけつつ、斎の言葉が頭を過ぎった。  俺を見たら安心する?  俺が一緒なら……怖くない?    腕の中の雪夜に問いかける。  現在(いま)の雪夜が外に出るのは、きっと大学生の頃の雪夜が考えている以上に大変なことだ。  過去の記憶がほとんど戻っている状態ということは、トラウマも増えているということだからだ。  外に出れば、雪夜はそれらと対峙していかなきゃいけない。  一気に数個のトラウマが出てくる可能性もある。  そんな時、俺の存在はどれくらい役に立つ?    斎さんが言うように、雪夜が俺のことを必要不可欠だと思ってくれるなら嬉しいけど……  夏樹はまた眠りについた雪夜の頭に口付けると、雪夜を抱きしめたまましばらくの間ジッと宙を見つめていた―― ***

ともだちにシェアしよう!