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夜明けの星 9-42(夏樹)
初日がわりとうまくいったので、それからはなるべく雪夜の体調の良い日は外に出るようにした。
兄さん連中が来ていない時でも、学島と三人で公園まで出かけていく。
簡単なボール遊びをしたり、ストレッチをしたり……ピクニック気分でのお出かけだ。
外に出ること自体は今のところ恐怖心もないようで、雪夜も楽しんでいる。
ただ、初日に兄さん連中が言っていたように、やはり他人が視界に入ったり近付いてきたりすると表情が強張ったり動きが止まったりする。
――雪ちゃんは不安になると必ず無意識に夏樹を見る。
――夏樹がいるのを確認してホッとして笑うんだよ。
たしかに、少しでも他の人の気配がすると、雪夜と必ず目が合う。
雪夜は夏樹と目が合うと少し照れながら嬉しそうに笑う。
でも、それだけだ。
雪夜は何も言わないし、何も求めて来ない。
俺がいるのを確認してホッとしてるってことは、一応必要とされているのだと思うけど……
見るだけでいいの?
本当はどうしてほしいの?
まぁ、いろいろと我慢しちゃうのが今の雪夜なんだとわかってはいるんだけどね。
だから、他の人の気配がする時はなるべく夏樹が雪夜の傍に行くようにしている。
雪夜は周りには不安を隠しているつもりらしいので、夏樹がただ引っ付きたいだけということにして雪夜を抱きしめている。
びっくりして真っ赤になりつつも、夏樹の服をぎゅっと握りしめて来る雪夜に、少しの希望……
ねぇ雪夜?
怖がっていいんだよ……
不安になったら抱きついてきていいんだよ……
傍にいてって言っていいんだよ……
口で言えなきゃ、そうやって服を握ってくれるだけでもいい。
いつか雪夜が子ども雪夜の時のように全力で甘えて来られるようになるまで、俺がいっぱい抱きしめるから……
***
5月の最後の日曜日。
いつものようにみんなで出かけて行って、食後に追いかけっこをすることになった。
追いかけっこは初めてじゃない。
今までにも追いかけっこは何回かしていた。
ただ、夏樹が参加するのは初めてだった。
別に避けていたわけではなく、たまたま荷物番で写真係をしている時に重なっていただけだ。
人数が多い時は追いかけるチームと逃げるチームにわかれるが、今日は追いかけるのはひとりだけ。
追いかける人にタッチされたら手を繋いでいく。
つまり、手繋ぎ鬼のような感じだ。
「――よ~し、そんじゃ次は俺が追いかける番ね!」
「ダメです!!」
「……え?」
追いかける役が交替していき、夏樹の番になった時、それまで楽しそうに笑っていた雪夜が急に真顔になって叫んだ。
「……えっと……雪夜?」
明らかに様子がおかしい。
何か思い出してる?
でも、今なにかトラウマを刺激するようなことあったか?
「ダメっ!!夏樹さんはダメっ!!」
「雪夜、どうし……」
「なつきさんはオニさんになっちゃダメっ!!」
「っ!?」
雪夜の叫び声に、その場にいた誰もが息を呑んだ。
夏樹たちは、遊びの中で「鬼」という言葉を入れないように気を付けている。
だから、今日も鬼ごっことは言わずに、追いかけっことして遊んでいた。
「なつきさんは……なつきさんはオニさんにならないでっ……!」
雪夜の顔がくしゃっと崩れて、涙が零れた。
「雪夜……?」
「……っぁ!……あの……えっと……」
雪夜が一瞬我に返って、口元を押さえる。
自分でも何でそんなことを言ったのかわからないという顔だ。
ということは……今のは無意識に出たのか。
「あの……っ」
雪夜が周囲を見回して、青ざめた。
自分が変なことを言ったせいで、みんなが戸惑っていると思ったらしい。
「あ、あの、ごめんなさ……」
「雪夜!!」
夏樹は急いで雪夜に駆け寄ると、ギュッと抱きしめた。
「うん、わかった。オニさんにはならないよ。俺がオニさんになるのイヤなんだよね?」
「わ、わからないです……」
「オニさんになってもいいの?」
「やだっ!!……なつきさ……オニ……っ……やだ……っなっちゃ……やだぁ~!!」
夏樹が抱きしめて背中を撫でると、雪夜がギュッと抱きついてきて堰を切ったように泣き出した。
「うん、わかった。大丈夫。俺はオニさんにはならないからね。大丈夫だよ」
夏樹は兄さん連中に目配せをすると、「大丈夫だよ」と宥めながら雪夜を抱き上げて荷物置き場まで戻った。
***
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