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夜明けの星 9-43(夏樹)

「おやすみ、雪夜」 「おやすみなさい」  雪夜を抱きしめて目を閉じる。  数分後、視線を感じて目を開けると、夏樹の顔をジッと見ている雪夜と目が合った。    今日もダメか…… 「……雪夜?」 「っ!ぐ~ぐ~……」  雪夜が慌てて目を閉じて寝たふりをした。 「いや、今ガッツリ目が開いてたよね!?目が合ったよね!?」  それに何ですかその下手くそなイビキは!! 「ぅ~ん、ねてますよ~……」 「目を開けて?」 「はい」 「寝てるのに返事出来るの?」 「……はぃ、むにゃむにゃ」 「あ、寝言か~、寝言なら仕方ないね~……ってなるわけないでしょ!?」 「ぅ~……」  夏樹が思わずクスッと笑いつつ雪夜の額をコツンと指で弾くと、雪夜が額を撫でながら渋々目を開けた。 「どうしたの?眠れない?」 「大丈夫です……ちょっと……見てただけです……夏樹さんカッコいいな~って……」  雪夜が明らかに大丈夫じゃない表情で無理やり微笑む。  そんな顔で言われてもな~……素直に喜べないよ?  夏樹はちょっと苦笑して長い息を吐くと、雪夜に微笑みかけた。 「……ねぇ雪夜、俺はオニさんにはならないよ」 「……ぅん……」  雪夜が気まずそうに視線を逸らした。 「だから大丈夫。寝ても大丈夫だよ。明日の朝目が覚めたら、雪夜の隣にいるのはだよ」 「……うん……」 「不安だったらずっとギュッてしてるから……雪夜も俺を離さないで。……ね?」 「……はぃ」  雪夜がおずおずと夏樹の背中に腕を回してきて、ギュッと抱きつく。  夏樹も抱きしめ返して、優しくトントンしながら子守歌代わりに雪夜のお気に入りの歌をハミングで歌った―― ***    追いかけっこで夏樹に「オニにならないで」と泣いた日から一週間。  雪夜はほとんど眠っていない。  雪夜が寝ないと夏樹も寝ないことを知っているせいか、最初は目を閉じて寝たふりをする。  でも、うとうとすることはあっても、すぐにハッと目を覚ましてしまう。  精神的には子ども雪夜と現在の雪夜の間を行ったり来たりしつつ、どちらにも共通するのは夏樹にべったりでほんの少し夏樹が見えなくなるだけでパニックになって夏樹を探し回ること。  あの時と一緒だな……  雪夜の様子に、夏樹は覚えがあった。  昏睡状態から目覚めた雪夜は、周囲の人たちに怯える中、なぜか夏樹にだけは懐いていた。  夏樹の姿が見えなくなるとパニックになって、ベッドから落ちてまで探そうとしていた。  夏樹だけはオニに見えなかったので、雪夜にとっての唯一の味方が夏樹だけだったからだろうと思っていたが……それだけじゃなかったのかもしれない。    きっと雪夜は夏樹も「オニ」になってしまうのではないかと不安だったのだ。 『雪ちゃんは相変わらずお前がオニにならないか心配してんのか?』 『たぶん……あとは、眠って悪夢を見るのが怖いっていうのもあると思いますが……』  何とか雪夜を寝かしつけた夏樹は、斎に今日の雪夜の様子を報告した。  すぐに目を覚ましてしまうので、チャットでの会話だ。  雪夜はこの数か月、姉のことでうなされていることの方が多かった。  でも、考えてみれば姉の夢を見ているということは監禁事件の時の夢なのだから、雪夜にとっての“まっくろくろのオニさん”の夢も見ているということだ。  それに昏睡状態になっていた時は、オニさんにずっと追いかけられていたというのもチラッと話してくれたことがある。  だから、“追いかけられる”という行為自体が雪夜にとってはトラウマだったのかもしれない。  だが、遊びとしての“追いかけっこ”は怖がっていなかった。  追いかけるのも追いかけられるのも雪夜は楽しんでいた。  それは間違いないのだ。  では、なぜあの時に限って急にトラウマが刺激されたのか……  たぶん、“夏樹が追いかける役になる”と言うのが雪夜にとってはトラウマポイントだったのだろう。  雪夜にとって追いかけて来るのは「オニ」。  夏樹が追いかけるということは、夏樹が「オニ」になるということ……   『俺らは子ども雪ちゃんにとっては、「オニさん」から「良いオニさん」になって、その後「人間」から「斎さん」になった感じだろ?俺らが追いかけてくるのは、「」だから雪ちゃんにとってはある意味当たり前だった。でもナツの場合は「オニじゃない」から「信頼できる人」になって「なつきさん」になってるんだよな?』 『はい、まぁそんな感じだと思います』 『つまり、「オニじゃない」のお前が「オニ」になるのはイヤだったってことだろうな――……』  「オニ」という言葉を避けて、節分など「オニ」が出て来るような行事を避けて……  一応気を付けてはいたけれど、周囲の人がちゃんと人間に見えるようになった時点で、夏樹たちは雪夜の「オニ」に対する恐怖心はやわらいでいるはずだと勝手に楽観視していたのかもしれない。  でも、雪夜にとっては……「オニ」は過去のトラウマの象徴みたいなもので……毎晩夢で繰り返し見ているのだから、恐怖心がやわらぐはずなどないのだ……    今まで言葉にしなかっただけで、ずっと雪夜は「オニ」の恐怖とも戦っていて……  夏樹が「オニ」になるかもしれないと思った瞬間、今まで我慢していた不安や心の中に閉じ込めていた恐怖心が溢れ出してしまったということなのだろう。 「気づいてあげられなくて……ごめんね……」  もっと早く気付いてやれていれば、避けられたかもしれない。  でも、これで良かったのだという思いもある。  雪夜がちゃんと「なつきさんはオニにならないで」と気持ちを口に出して言えたことは、大きな一歩だ。  不安や恐怖は雪夜の中だけで抱え込まずに外に吐き出して行かないと、いつか雪夜は自分で自分の心を押しつぶしてしまうかもしれない…… 「ごめんね……怖かったよね……もう大丈夫だからね」  夏樹は胸元にしがみついている雪夜の寝息を聞きながら、そっと囁いて強く抱きしめた――…… ***

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