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夜明けの星 9-44(夏樹)
雪夜の不眠は梅雨の間中続いた。
低気圧と梅雨のジメジメした空気のせいで頭痛と吐き気も加わって、体調は最悪だ。
春先には同じような症状でベッドから起き上がるのも難しいくらいだったのだから、今だって本当ならば横になってぐっすりと眠りたいはずなのに……いくら具合が悪くてもやっぱりすぐに目を覚ましてしまう。
夏樹が“オニさん”になってしまわないかという不安。
夢の中で“まっくろくろのオニさん”に追いかけられる不安。
今の雪夜には起きていても寝ていても“オニ”が付きまとってくる。
精神 も身体も休まる暇がない。
「この手は使いたくなかったんだけどな……」
あまりにも眠ろうとしないので、このままでは良くないと思った夏樹はこっそり雪夜の好きなジュースに睡眠薬を入れて眠らせようとしたのだが、野生の勘なのか何なのか薬入りのは一向に飲んでくれなかった。
「雪夜、ジュース飲まないの?」
「うん」
「雪夜の好きなやつだよ?」
「……ううん」
具合が悪くなるにつれて、子ども雪夜のままになることが増えて来た。
今日はまだ会話が出来るだけマシな方だ。
「……ねんねないの!!」
「っ!?」
ふくれっ面で夏樹にコップを押し戻して来る雪夜にギクリとする。
どうしてバレたんだ?
睡眠薬を入れているところは見られていないはずなのに……
ホントに……こういうことに関しては鋭いんだよな~……
「ねんねないの!!」
「……わかった。ごめんね。それじゃこれは飲まなくていいよ。ねんねしなくていいから、ご飯はちゃんと食べて?じゃないとお医者さん行かなきゃいけなくなるよ?」
「ぃやんよ!!」
「イヤだよね。それじゃあもうちょっと食べようね。はい、あ~ん」
「ぁぃ……あ~ん」
吐き気が酷いせいで食欲がないのはわかっているが、宥めすかして何とかご飯を食べさせる。
睡眠が取れないなら、せめて栄養だけでも摂らないと……今病院に連れて行けば他のトラウマも出てきてしまうかもしれない……
それだけは絶対に避けたかったので、夏樹もなるべく病院に連れて行きたくないのだ……
***
「――雪夜~、おいで。ギュッてさせて」
「ねんねないよ!!」
「うん、ねんねしなくていいから。ギュッてさせて?夏樹さんお昼寝するからトントンして?」
「……あぃ」
食後、夏樹はソファーに雪夜を呼んだ。
今のところ、夏樹が抱きしめて子守歌を歌うのが一番長く眠れる。
それでも一回にまとめて眠れるのは2~3時間なので、まとめて眠れない分、朝昼晩と分けて少しずつでも眠らせるようにしている。
本人は眠りたくないので「寝よう」と言うと嫌がる。
ただ、雪夜が不眠になっているということは、夏樹も同じく眠れていない。
雪夜もそのことには気づいていて、自分のせいで夏樹も寝不足になっていることに関しては不本意らしい。
だから夏樹のことは寝かしつけようとするし、「夏樹さんのお昼寝に付き合って?」と言うと一緒に添い寝してくれる。
「と~んとん!」
「うん、そうそう、ちゃんとトントンしてね~」
雪夜を抱っこしたままソファーの背にもたれかかり、雪夜のトントンに合わせて夏樹も雪夜をトントンしつつ子守歌を歌う。
「と~んとん……と~んと……」
いくら抗っていても身体は睡眠を欲しているので、だいたいこうやって子守歌を歌うとすぐに眠ってしまう。
寝かしつけるのは簡単なのだ。
問題は……
これで少しでも長く眠れるようになればいいんだけどね……
雪夜が眠ったのを確認して、トントンしながら目を閉じた。
雪夜と違って夏樹は元々ショートスリーパーなので2~3時間の睡眠でも何とかなっているが、さすがに……精神的にキツイ。
今までにも眠りたくないと言うことはよくあったが、それでも夏樹と一緒なら何とかまとまって眠ることができていた。
雪夜にとって、夏樹がそれなりに安心できる存在だったから……
でも今は……眠れない原因の一つが夏樹だ。
もちろん、それは夏樹に“オニ”になって欲しくないという気持ちからだから、嫌われているわけでも夏樹を恐れているわけでもないというのはわかっている。
むしろその逆だ。
それだけ雪夜にとって夏樹の存在が大きいとわかって喜ぶべきことなのかもしれないが、そのせいで雪夜がこんな状態になってるのは……それこそ不本意だ。
それに、トラウマがここまで続くのは珍しい。
トラウマが出て来ても、今までは数日間夏樹が思いっきり甘やかして過ごせば何とか落ち着いていたのだ。
やっぱり、今回は俺が原因だからか?
俺がオニになってしまうかもしれないっていう不安は、どうやったら払拭できるんだろう……
こんなにずっと一緒にいて、一緒に寝て、いっぱい甘やかして抱きしめて……大丈夫だよと言っても、雪夜の不安は拭えない。
このまま雪夜の限界が来るまで待つしかないのか……?
夏樹は雪夜を起こさないようにそっとため息を吐いた。
***
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