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夜明けの星 9-45(夏樹)
「――じゃあ、あれからも一応眠れてるわけだ?」
「はい。眠れてますね……一応」
「一応……な」
斎はちょっと顎を撫でながら、夏樹の隣で眠っている雪夜に視線を移した。
「眠れてるのはいいんですけどね……なんかこう……釈然としないっていうか……」
「そうだな……」
夏樹も雪夜に視線を移し雪夜の頭を柔らかく撫でると、斎と二人で小さく唸った――
***
雪夜の不眠症は、梅雨明けとともに終わった。
ある日突然、雪夜が夏樹の目の前に手を出してきて、
「……なつきさん……おくすりください」
と、睡眠薬を自ら求めてきたのだ。
「……え?でも……眠りたくないんじゃないの?」
眠る気になってくれたのは嬉しいが、夏樹がどれだけ巧妙にジュースやご飯に混ぜてもダメだったのに、なぜ急に薬を飲む気になったのか……
「ねるの!!」
睡眠不足と体調不良でご機嫌斜めの雪夜は、夏樹の質問には答えずに手のひらで自分の膝をぺんぺん叩きながら少しやけくそ気味に「ね~る~のっ!」と繰り返した。
限界が来たってことかな?
「眠たいなら一緒にゴロンしようか。おいで」
限界が来て本人が眠る気になっているなら、無理に薬に頼らなくても……と夏樹が両手を広げて呼ぶと、雪夜はイヤイヤと激しく頭を振った。
「ん~ん!おくすりのむの!!」
「お薬飲む方がいいの?トントンじゃダメ?」
「ダメなのっ!!……ぁ……トントン……もする……」
トントンはして欲しいようで、慌てて言い足した。
「そか……わかった。それじゃお薬飲もう」
俺がトントンするだけじゃダメなんだ……?
何となくモヤッとするが、今は雪夜の言う通りにして眠らせることが大事だと思い、とりあえず薬を飲ませることにした。
「眠たくなるまでお話してようか。どこがいい?ベッド行く?それともソファー?」
「こっち……」
「ソファーね。いいよ。座ってお話しよう」
すぐには効いてこないので、薬が効いてくるまでソファーでいつものように膝に抱っこをした。
「明日の晩ご飯は何にしよっかな~。雪夜は何が食べたい?」
「……ん~と……えっと……たまご」
「卵?卵焼き?目玉焼き?」
「ん~ん……ごはん……」
「オムライス?」
「うん!」
雪夜の具合が悪くなってからは、食欲がない雪夜に何とか栄養を摂らせようと野菜たっぷりのスープや雑炊ばかりだった。
オムライスは雪夜の好物の一つだが、それを食べたいと思えるということは、良いことだ。
「いいね~!オムライスにしよっか!ソースは何味にしようかな~。デミグラスソースでしょ~?ホワイトソースでしょ~?ケチャップソースにカレー……どれもおいしいよね~」
「……ぅん……ね~……」
「雪夜はどのソースが好き?……って、あれ……?眠っちゃったか……」
軽くトントンしつつ他愛もない話しをしているうちに雪夜はウトウトして眠りに落ちた。
「今夜はぐっすり眠れますように……」
夏樹は雪夜をベッドに運ぶと、祈るように囁いて額に軽く口付けた。
それから丸二日間、雪夜はほとんどうなされることなく爆睡した――……
***
「うん、それで……?その後も薬を飲んでるってことか?」
「眠る時には薬を欲しがるんです……最初のはちょっと強く効きすぎたので、次からは少し弱めのやつにしてますけど、さすがに昼寝の時まで飲ませられないので、昼寝の時は普通のビタミン剤にして、本当の薬は夜だけにしてます」
「ちょっと待て。ビタミン剤でも眠れるのか?」
ベッドサイドに腰かけた斎が、軽く首を傾げる。
「飲んでも飲まなくても、俺が子守歌歌ってトントンすればスッと眠れるんですよ。ただ、睡眠時間の長さの違いと悪夢にうなされずに眠れるかどうかっていう睡眠の質の違い……ですかね……」
そう……寝つきはいいのだ。
夏樹のトントンだけでもちゃんと眠りに入ることが出来る。
問題は、睡眠時間の長さだ。
それまでも、眠るのをイヤがる雪夜を夏樹があの手この手でちょこちょこ寝かしつけていたので、トータルでは毎日ちゃんと6~7時間くらいは眠れていたはずだが、やはり一回の睡眠時間が短いし、オニの恐怖と戦いながらなので睡眠の質はいいとは言えなかったのだと思う……
薬を飲むようになって、ある程度まとまって眠れるようになると、薬を飲んでいない昼寝の時も少し長く眠れるようになった。
「精神的なものもあるんだろうな。薬を飲むことで怖い夢を見ずに眠れるっていう安心感があって……あ、悪い」
斎が、マズったというようにちょっと顔をしかめて自分の額をペチッと叩いた。
「いえ……たぶん、そういうことなんでしょうね……」
そうなのだ。
安心感……
雪夜は、夏樹と一緒なら安心して眠れるから……怖い夢を見ずに済むから……と、夏樹と同棲するようになってからはほとんど睡眠薬を使わなくなっていた。
その雪夜が薬に頼るということは……もう夏樹じゃ安心して眠れないと言われたのと同じだ。
「そう悲観するなって。薬飲んでも、眠る時はお前がいないとダメなんだろ?」
「はい。一応」
嫌われたとは思っていない。
ただ、今の雪夜にとっては、夏樹よりも薬の方が「安心できる存在」になっているというのは事実だ。
あの薬嫌いの雪夜が……
「とにかく……しばらく様子を見てみるしかないな。睡眠が足りて体調が良くなってくれば、薬がなくても眠れるようになるかもしれねぇし……」
「……そうですね」
そもそも、急に眠る気になった理由がまだわかっていない。
単に眠気と体力の限界が来ただけ……ということならいいのだが……
「お前も雪ちゃんに付き合ってほとんど眠れてなかったんだろ?そのせいで余計にマイナス思考になってんだよ。雪ちゃんと一緒にお前も睡眠チャージしとけ」
「は~い……」
斎が出ていくと、夏樹は天井を見上げてそのまま後ろに倒れ込み、隣で眠る雪夜の頬にそっと触れた。
「ねぇ雪夜……お薬飲んだら怖いオニさんは……出てこないの?……俺じゃオニさんから救ってあげられなかった?……って、これがマイナス思考だっつーの……はぁ……ごめんねダメな彼氏 で……」
夏樹は両手で顔を覆い、フッと自嘲気味に笑うと目を閉じた――……
***
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