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夜明けの星 9-47(夏樹)
「相談したいことがあります!」
学島がそう言って斎たちを集めたのは、8月下旬のクソ暑い日だった。
雪夜がトラウマのせいでしばらく体調を崩していた間、学島は「自分の配慮が足らなかったせいでオニのことを思い出させてしまった……」とだいぶ落ち込んでいたらしい。
夏樹は雪夜のことと自分のことだけでいっぱいいっぱいで、学島がそんなに自分を責めているとは思いもよらなかった。
学島は外遊びをするに当たって、かなり気を使って遊びを考えてくれていた。
ルールも言葉選びも雪夜のトラウマを刺激しないよう細心の注意を払い、その上で、何よりも雪夜が楽しめるようにと一生懸命考えてくれていたのだ。
だから余計に堪えたようだ。
あの日一緒に遊んでいた兄さん連中が学島のフォローをしてくれて、その後も夏樹たちの様子を見に来るたびに学島の方もさりげなくフォローしてくれていたらしい。
おかげで何とか学島も立ち直れたようだが……
今回学島がみんなに話があると言い出したので、もしかすると雪夜の専属を辞めたいと言う話しかもしれないとみんなが覚悟していた。
だが……
「お集まりいただきありがとうございます。えっと早速ですが……雪夜くんをまた外遊びに連れ出す時期についてどう思いますか?」
「……へ?」
「ん?外に?」
「どう思う……とは?」
緊張した面持ちで切り出した相談内容が予想外で、兄さん連中が思わずマヌケな声を出した。
「あのですね、実は……」
リハビリを再開して、雪夜の体調が安定してきた頃……
「お部屋の中で遊ぶのも楽しいけど、お外で遊んだのも楽しかったな~……」
と、雪夜がポツリと呟いたのだとか。
雪夜はすぐにハッとして、「あ~、えっと次は二階に移動ですね!はい!行きましょうか!」と言葉を濁して誤魔化したらしいが……
「雪ちゃんが『楽しかった』って言ってたのか?」斎がちょっと意外そうに眉をあげた。
「おお!俺らと遊んだのが楽しかったってことか!」浩二が嬉しそうに笑った。
「いや、俺らの話しは一つも出て来てねぇけどな?」晃 が浩二にツッコむ。
「でも、お外で遊んだ=俺らと遊んだってことじゃねぇか!」浩二がちょっと鼻息荒く唇を尖らせた。全然可愛くない。
「まぁ、たしかにね~!そう言うことだよね!」裕也がマイペースにうんうんと頷いた。
うん、やかましい!
『その雪夜が就寝中です!お静かに!!』
雪夜を寝かしつけて、寝室からタブレットにイヤホンで話し合いの様子を窺っていた夏樹は、チャットで兄さん連中を一喝した。
「「はい……すみません……」」
全員がシュンと小さくなった。
兄さん連中は母屋のリビングに集まればいいのに、なぜか娯楽棟のリビングに集まっていた。
母屋の方なら、多少騒いでもこっちまで聞こえないのに……
まぁいいや。それよりも……
『それで、雪夜を外に連れて行くって話しでしたっけ?』
学島に向けて話しかける。
「あ、はい。そうなんです。まだようやく具合が良くなってきたところですし、しばらくは外に出るのは雪夜くんが怖がるだろうと思っていたんですけど、本人が外に行きたいと思っているなら……連れ出してみるのもいいんじゃないかと……あの、もちろんそのためには今度こそトラウマを刺激しないような遊び方を考えなきゃいけないんですけど……」
前のめりだった学島の語尾がちょっと弱くなった。
『学先生、雪夜のトラウマは多すぎて俺らだってほとんど把握できていないんです。トラウマが出た時にその情報を集めていって、次に生かしていくしかないんですよ。何にトラウマが出るかなんてわからないのだから、気を付けようがない。だから、今わかっていること以外はあまり気にしなくていいですよ』
夏樹は学島に言いながら自分自身にも言い聞かせていた。
「そうだな。それと、前回のトラウマに関してだけど……おい、ユウ」
「はいはーい。えっとね、毎回荷物番が雪ちゃんの写真とか動画撮ってるでしょ?あの日もね、荷物番が撮ってくれてたんだよね。それを見てたら……」
夏樹が荷物番をしていた時は、雪夜はしょっちゅう夏樹の方を見ていた。
それは以前兄さん連中にも指摘されていた。
そして、あの日。夏樹が一緒に遊んでいる時には……
「雪ちゃんはずっとナツの傍にいたんだよ。俺らが追いかける役をしてた時にも、ナツと手を繋いで逃げてただろ?」
手を繋いで?
『あぁ……そういえばそうですね』
開始の合図で逃げようとしたら雪夜が傍にやってきて服を掴んできたので、動きやすいようにと手を繋いだのは覚えている。
「だから、ナツは雪ちゃんと一緒にいれば問題ないってことなんじゃないか?」
「へ?」
思わず声が出て、慌てて口を押さえた。
雪夜にとっては、
追いかける=オニさん。
夏樹にはオニになって欲しくない。
オニに関するこの二つの考えや思いがあって、それがたまたま合致したことで、
夏樹が追いかける=夏樹がオニになる。
となり、トラウマが出てしまった。
「ナツ以外が追いかけることに関しては問題ないんだから、ナツが追いかけなきゃいい。ナツは追いかけるんじゃなくて手を繋いで一緒に逃げてやればいい。それなら雪ちゃんはトラウマも出ないし、安心できる」
手を繋いで……一緒に……?
「雪ちゃんがナツに求めてるのはそういうことなんだろ。“一緒に手を繋いでオニから逃げてくれる人”」
「っ!?」
斎の言葉に、夏樹は一瞬息を呑んだ。
……あぁ……もしかして……
雪夜と手を繋いで逃げていたのは、完全に無意識だ。
でも、何気なくしていた行動こそが、雪夜にとっては正解だったってことか?
夢に出て来る“まっくろくろのオニさん”から、どうすれば救ってやれるのか、どうすれば逃げて来られるのか、そんなことばかり考えてたけど……
そうだよね……
「逃げておいで」じゃないよね……
雪夜ひとりでオニを振り切ることなんて出来ない。
実際には犯人である“まっくろくろのオニさん”に捕まっていたわけだし、助け出された後も周囲はオニだらけで……雪夜の中ではオニを振り切ることは不可能なのだ。
たとえそれが夢の中だろうとも……
だから俺は、逃げた先で待ってるんじゃなくて、一緒に逃げることが大事だったんだ……
手を繋いで、雪夜の中にいる怖いオニさんから一緒に……
夏樹は自分の手をじっと見つめると、隣で眠る雪夜の手をそっと握った。
ねぇ雪夜……俺と手を繋いで一緒にオニさんから逃げ出そうか。
もうひとりじゃないんだよ。
雪夜が転びそうになったら俺が抱えて逃げるよ。
だから、今度こそ……
***
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