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夜明けの星 9-48(夏樹)

「雪夜~!いくよ~!そこから動かないでね~?」 「は~い!」  夏樹は雪夜に向かって高くボールを放り投げた。  雪夜は、両手を前に出し、ボールをキャッチしようと上を向いたままちょこちょこ足踏みをし、クルクルと回った。 「あ、雪夜!そんなに動かなくても大丈……」 「あ(いた)っ!」 「……あ゛……」  大きく弧を描いて飛んで行ったボールは、雪夜の手ではなく額を直撃し、夏樹は一瞬自分の目を片手で覆った。 「おいこら、どこ狙ってんだよノーコン!」 「ちゃんと雪ちゃんが取れるように投げろ!」 「高く上げすぎなんだよ!」  柔らかいゴムボールなのでそんなに痛くはないはずだが、反射的に雪夜の口から「痛い」という言葉が飛び出した次の瞬間、夏樹に向かって野次と野球ボール大のゴムボールが大量に飛んで来た。 「痛いっ!ちょ、待っ!やめっ!」  こちらもゴムボールなので痛くはない……はずだが、兄さん連中が投げて来ると結構痛い。  しかも、兄さん連中は全部顔を狙ってくる。  逆に言えば顔をガードすればいいだけなのでラクと言えばラクだけど…… 「外野うるさ~い!いちいち投げてくるの止めて下さいよ!!」  兄さん連中は、雪夜がボールを落とす度に夏樹に八つ当たりをしてくる。  その度にゴムボールを拾って投げ返さなければいけないので地味に面倒臭い。 「雪夜、どこ当たった?大丈夫?ごめんね、ちょっと高すぎたね」  ボールを全て投げ返すと、雪夜に走り寄った。 「あ、だ、大丈夫です!ちょっと当たっただけだから、あのね、ボールが柔らかいから、ぽよんって跳ねたし、全然痛くないですよ!」  そう言いながら、額を前髪で隠してちょっと後ろに後退る。 「ちょっと見せて」 「だだだ大丈夫ですってばっ!!」 「うん、ちょっと見るだけ。はい、万歳して~?」 「ぅ~……」    夏樹が有無を言わせない笑顔で迫ると、雪夜は渋々額を隠していた手を挙げた。   「うん、ちょっと赤くなってるね。冷やそうか」 「これくらい大丈夫ですよぉ……」 「そう?でも赤くなってるから一応冷却シート貼っておこうね。ついでに日焼け止め塗り直そう」 「ふぁぁ~い……」 ***  雪夜をまた外遊びに連れ出す件は、意外と早く実行に移された。  外で思いっきり身体を動かせば、夜も薬を使わなくても眠れるかもしれないという考えからだ。  もちろん、前回の失敗を踏まえてかなり話し合いを重ねた上でのことだ。  話し合いの中で、念のため“追いかける系の遊び”は避けることになった。  夏樹が一緒に手を繋いで逃げれば大丈夫かもしれないという話しにはなったが、それはあくまで推測でしかないので、とりあえずもう少し様子を見てからということになったのだ。  基本的にはボール遊びやストレッチ、それから、ただみんなで一緒に走るだけのランニングなどが主だ。    今日はそれから数回目の外遊びだ。  雪夜は研究所から出た後、上代家から学校に通っていたのだが、日常生活さえひとりでまともに出来ない状態だったため、運動など出来るはずもなく、ほとんど体育には参加出来ていない。  そのため、ボール遊びなどもあまりしたことがないらしく、飛んで来たものをキャッチするのが苦手だ。  大学生の頃にはだいぶキャッチできるようになっていたが、幼児退行したせいか今はまた出来なくなっている…… 「――はい!これでOK!」  裕也が雪夜の額に冷却シートを貼ってポンと軽く上から押さえた。 「全く、なっちゃんってば、雪ちゃんの可愛いお顔に当てるなんて最悪ぅ~!」 「マジでノーコン!」 「ちゃんと投げろ~!」  雪夜がピクニックシートに座った途端、ピットインしたF1のマシンさながらに雪夜の周りに兄さん連中が群がって汗を拭いたり、団扇で風を送ったりと世話を焼き始める。  ついでに夏樹への野次も忘れない。 「はいはい、ノーコンですみませんね」  夏樹は兄さん連中の野次を軽く受け流しつつ雪夜に日焼け止めを塗った。  9月に入ったとはいえ、まだまだ暑い。  暑い最中に外出するのはそれこそ数年ぶりなので、雪夜の肌も身体も暑さやこの日差しに耐えられない。  ちゃんと日焼け止めを塗って長袖を着ていても、長時間外にいると真っ赤に腫れてしまうし、体温調節がうまくできないので気を付けないとすぐに熱中症になってしまう。  兄さん連中がこぞって世話を焼いているのはそのせいだ。 「あああの、違うんですよ!夏樹さんは悪くなくて、あのね、俺がジッとしてたら良かったのに……慌てて動いちゃったから……」  されるがままになっていた雪夜が、慌てて兄さん連中を見回ししょんぼりと俯いた。 「いや、あれで良かったんだよ。俺の狙いだって外れることもあるし、ちゃんと自分でボールを追って動くのは間違ってないよ」 「で、でも……結局取れなかったし……」 「うん、ちょっとおしかったね。でもね、額に当たったんならほんの数センチの差ってことだから、次はきっと取れるよ」 「そうなんですか?」  雪夜がちょっと顔をあげる。 「そうだよ?最初なんてボールに掠ることもなかったんだから、すごい進歩でしょ?」  上からのボールは距離感を掴むのが難しいし、その着地点を予想して移動しなければいけないので実は結構難易度が高い……らしい。  菜穂子(なおこ)からそう聞いてはいたものの、実際にやってみるまで夏樹たちは半信半疑だった。  だが、上から落ちて来るボールを完全に見失って、着地点から2mくらい離れた場所で茫然と立ちすくむ雪夜を見た瞬間、みんな菜穂子の言っていたことの意味を知った。  それから何回も練習して、ようやく落ちて来るボールに触れることが出来るようになってきたのだ。   「……そか……そうですねっ!!ホントだ!後ちょっとだ!」  雪夜が納得してホッとしたように笑った。 「疲れてない?ちょっと休憩しようか」 「大丈夫です!早くしないと感覚忘れちゃいそうだから、もう一回やってみたいです!」 「そう?それじゃ、やってみようか!」 「あ、でもその前に、夏樹さんもお兄さんたちもスポドリ(スポーツドリンク)飲んで下さいね!?」 「うん、ありがと」 「「はいよ~!」」  夏樹はスポドリを飲んで立ち上がると、雪夜を引っ張り起こした。 ***

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