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夜明けの星 9-49(夏樹)

「お~、いい眺め」  先に扉の向こうに出た兄さん連中が、感嘆の声をあげる。 「雪夜、抱っこしていこうか?」  夏樹は扉の前でちょっと躊躇している雪夜に声をかけた。 「え!?あ、いえいえ、だ、大丈夫です!だいじょうぶ……でもあの、えっと……手……」  慌てて顔を横に振ったものの、モジモジしながら夏樹の手を見ている雪夜に、ちょっと口元が綻ぶ。 「う~ん……じゃあ、手を繋いでいく?せーので出ようか!」 「……え?」 「いい眺めなんだってさ。一緒に見ようよ」  夏樹がちょっといたずらっぽく笑って手を差し出すと、不安そうだった雪夜の顔にふわっと笑顔が広がって嬉しそうに握り返して来た。 「……はいっ!」 *** 「ほい、これで荷物全部だな。もうすぐ日が落ちるぞ~。そっちはどんな感じ?」  少し遅れてきた斎が、先に準備を始めていた浩二たちに声をかけた。 「おう!こんだけあれば大丈夫だろ」 「どれどれ?……そうだな、まぁこれくらいあれば大丈夫か」 「足りなきゃ愛ちゃんが若い衆を寄越してくれるって言うから、追加で用意できるぞ」 「う~ん、おいナツ、どう思う?」 「え?あ~……」    斎に呼ばれた夏樹は、兄さん連中の周囲を見回した。  兄さん連中が立っている場所を中心に、投光器がいくつも設置されている。  工事現場などでも使えるような強力な照明器具なので、これを全部つければ…… 「眩しいくらいじゃないっすか?」 「だよな?うん、暗くなる前になんとかなったな。じゃ、シート敷くか」 「はい――」  ここは、とあるビルの屋上だ。  なぜ夕闇迫る時刻にこんな所にいるのかと言うと……  実は雪夜のためだった。  夏樹たちは今日も昼前からいつもの公園で遊んでいた。  みんなで昼食を食べて休憩をしていた時、近くを通りがかった親子の会話がたまたま耳に入った。  子どもが叫んでいたせいもあるが…… 「やぁ~だぁ~!まだあそびたい~っ!!」 「え~?でも今日は花火があるよ?行きたいって言ってたでしょ?」 「はなび!?」 「そう。ドーンって大きいやつが上がるわよ?見ないの?」 「いくっ!!ドーンっておっきいやつみたい!――」  何気ない会話だが、普段は知らない人の声がすると緊張して夏樹の胸元に顔を押し付ける雪夜が、ぴょこっと顔をあげて親子の会話に聞き入っていた。 「……はなび……?」  雪夜が夏樹を見上げて聞いてきた。 「ん?あぁ、花火って言ってたね。どこかであるのかな……」 「こんな時期に花火なんてあったか~?」  浩二が首を傾げた。  今は9月中旬。この辺りでは秋祭りなどは10月11月が多いだろうし、夏祭りならもう終わっているはずだ。 「あ、もしかして……ほらこれだ!本当は8月下旬にする予定だったんだけど、台風の影響で延期になってたやつがあるみたいだよ~」  裕也がさっそくタブレットで調べてくれた。 「なるほど。そういや最近ずっと週末と言えば台風!って感じだったもんな~」  みんなが「そうだな」と頷いて、話しはそこで終わると思っていた。  ところが、 「花火……いいな~……」  と雪夜が呟いた。  それを聞いた兄さん連中がハッとして視線を交わす。  次の瞬間にはもう計画が動き出していた。  裕也はノートPCを取り出しカチャカチャと超高速でタイピングを始め、浩二たちは少し離れたところでなにやらヒソヒソ……  待て待て待て!!嫌な予感しかしない!! 「あの~……兄さん方?何考えてます?」  恐る恐る斎に話しかける。 「今ちょっと忙しいから、二人で遊んでろ」 「いや、忙しいってだから何で!?」 「シッ!」 「ぅぐっ……」  斎が夏樹に向かって人さし指を立てたので、条件反射で口を閉じた。   「あ、なるほど。……う~んと……うん。ここならちょうどいいかも~」 「どれどれ?」 「えっとね、打ち上げ場所がここだから、傾斜角度や周辺の建物の状態から計算すると~……ここならたぶんキレイに見えるはず」 「結構離れてんな~」 「音があんまり聞こえないところってなったらこれくらいは離れないと……」 「そうだな。わりと遠くまで響くからなぁ~……」  遠くまで響く……?  もしかして……いや、もしかしなくても……   「で、問題が一つあって……ここのオーナーが……」 「……ゲッ……マジか……」  裕也と順調に話しを進めていた斎が、あからさまに顔をしかめた。 「う~ん、まぁ、可愛い雪ちゃんのために一肌脱ぐか……」    斎さん!?それ一体どういう……  夏樹が口を開くよりも先に、斎が雪夜に向かって笑いかけた。 「雪ちゃん、花火……見に行くか?」 「……え?」 「花火は夜だけど、周りが明るければ大丈夫だろ。ちょっと離れてるから花火は小さいかもしれねぇけど、そこなら音もあんまり聞こえないだろうし、俺らも一緒に行くから……」 「みんなで行くの?」 「うん、もちろん!みんなで!」 「はい!行ってみたいです!」 「えっ!?」  夏樹は、斎に笑顔で返事をした雪夜を思わずマジマジと見てしまった。  行くのっ!?  え、でも…… 「ちょ、斎さん、ちょっと!!」  雪夜に聞こえないよう、斎を少し離れたところに引っ張っていく。 「花火を見るって、でも雪夜は暗いところがダメなんですよ!?」 「ナツ?心配すんなって。暗くなければいいんだろ?ほら、前にヤングたちと花火行ったって言ってたじゃねぇか」 「行きましたけど……でもあの時はまだ……」  あの時はまだそんなにトラウマも出てなかったし…… 「あの時のを参考にして、もうちょっと今の雪ちゃんに合わせてやればいいんじゃね?」 「参考に……?」 「それにな、ナツ――」  雪夜はついこの間までトラウマで不安定になっていて、ようやく元気になってきたところだ……  だが、学島にも言ったが、雪夜にはトラウマが多すぎる。  もちろん、みんな雪夜のことは心配しているし、夏樹が過保護になるのもわかる。  今わかっているトラウマ要素はなるべく避けてやりたいとも思っている。  だが、今回のように本人が興味を示した場合は……たとえその中にトラウマ要素が入っていても、出来るだけ本人の希望を叶えてやった方がいい。  結果的にトラウマが出たとしても、その時はその時だ。  みんなでフォローしてやればいい。  だから、トラウマを気にし過ぎるあまりに雪夜の興味や行動を制限し過ぎるようなことは止めよう。  ということになった。  そして、兄さん連中が「まぁ、俺らに任せとけ!」と探し出してくれた場所が……  このビルの屋上だったのだ。 ***

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