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夜明けの星 9-54(夏樹)
翌朝、雪夜はやはり夢でうなされたことは覚えていなかった。
というか、それどころではなかった。
「ゆ~きや。おはよ~」
「……ぉぁよぅ……ぉじゃぃましゅ……」
夏樹が頭を撫でると、雪夜がもじょもじょと呪文のように呟き、のっそりと起き上がった。
「はい、ちょっとごめんね、雪夜くん。熱測らせてくださ~い」
「ん~……ぁぃ」
「うん、熱上がってるね。気持ち悪くない?痛い所とかは?お顔ヒリヒリしない?」
昨日は雪夜が外出できるようになってから一番長い時間外にいた。
夜は日焼けの心配はないにしても、暑さに慣れていない雪夜にしてみれば、まだ夜も若干蒸し暑さが残るこの時期にそんなに長時間外にいると、それだけで疲れる。
だから、今日はきっと疲れと火照りで熱が出るだろうとは思っていたのだ。
「ぅ~ん……らいじょぶれしゅ」
大丈夫とは言いつつも、目を擦りかけて顔をしかめたのでやはり少し日焼けで痛いのだろう。
顔洗ってちょっと冷やした方が良さそうだな……
「それじゃ朝のお薬飲もうか。その前に何か食べられそうなものある?」
「いらにゃい……」
う~ん、いらないのは薬?それとも朝ご飯?
まぁ、薬だとは思うけど……具合が悪い時は食欲も落ちるしな~……
昨日頑張って食べてたから、お腹空いてないかもしれないし……
昨日のお弁当用に作った雪夜特製の特大おにぎり。
自分で作ったから……と雪夜もかぶりつき、半分ほど食べることが出来た。
おかずも食べながらだったので、雪夜にしては頑張って食べた方だ。
もしかして食べすぎて胃もたれしてる?
「プリンとか~、お粥とか~、スープとか~、プリンとかもいらない?」
あえてプリンを二回言ってみる。
プリンやゼリーならスルッと喉を通るので少しは食べられるはずだ。
「ぷりん……いる……」
ですよね~。
「うん、よし!それじゃプリン食べよう!おいで――」
***
ゆっくりと時間をかけて半分ほどプリンを食べた雪夜は、名残惜しそうに残りのプリンを見ると、少し考えて「あとでたべるの!」と夏樹に念押しをし、プリンカップに「ゆ」と書いたラップを被せるようにお願いしてきた。
以前、後で食べようと置いてあった分を食べ残しだと勘違いして浩二に食べられてしまったことがあるせいだ。
その時の雪夜のがっかりを通り越した何とも言えない虚無の顔と、真っ青になって謝り倒す浩二の姿を思い出してちょっと笑ってしまう。
もちろん浩二がその後しばらくの間、毎日のように雪夜にプリンを届けたのは言うまでもない。
だがそれはだいぶ前の話しだ。
大学生に戻っている時なら、もし食べられたとしても、雪夜はむしろ「自分の食べ残しで申し訳ない」という発想になるので、「たべちゃだめ!」と念押ししてくるということは今日は熱のせいで久しぶりに子ども雪夜が出てきているらしい……
「よし、これでいいかな?ちゃんと「雪夜のプリン」って書いてあるからね!」
「あい!」
「それじゃお薬飲んで、ゴロンしに行こうか」
朝の薬と熱さましの薬を飲ませ、顔に貼り付けてあったフェイスパック用のシートを剥がしてベッドに連れて行く。
抱っこしたままトントンと背中を撫でて眠るよう促すと、雪夜はすぐにトロンとして眠そうな目になった。
だが……
「ねんね……やん……よ」
「眠りたくないの?どうして?」
「ん~……」
「怖い夢見ちゃう?」
「……ゆ……め……?」
「いや……ごめん、何でもないよ。じゃあ、お話してようか」
「ん……」
「何の話しがいいかな~……そうだ!昨日は最後まで見られなかったから、今度また花火に……って早っ!」
ぐずっていたのも束の間のことで、夏樹が話し始めるとすぐに眠ってしまった。
まぁ、雪夜が眠りたくないとぐずるのはいつものことではあるけど……
オニに怯えて眠るのを拒否していた時とは違って、普段はほとんど夢の内容を覚えていない。それでもやはり本能的に……何となく眠るのは怖いという感覚があるらしい。
「ぐっすり眠れますように」
いつからか、雪夜が眠ると、そう呟いて雪夜の頭や額に口付けるのがクセになった。
怖い夢など見ずに朝までぐっすり眠れますように……
せめてもの祈りを込めて……
夏樹は雪夜を抱きしめて頭に口付けると、そっとベッドに寝かせた。
***
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