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夜明けの星 9-57(夏樹)

「はぁ~~~……」  キッチンに入った夏樹は、雪夜から見えない位置で頭を抱えてしゃがみ込んだ。   「……」  シンク下の収納扉にもたれかかってぼんやりと壁を見つめて心を無にする。  別に、欲求不満というわけではない……と思う……  別荘に来てからも、雪夜の調子のいい時はイチャイチャしてるし、雪夜も嫌がらないし……雪夜が完全に幼児退行していた頃に比べれば、それなりに出来ているので、溜まってはいない……  ただ…… 「……さん?夏樹さん!」 「えっ!?あ、ごめん、どした?」  耳元で雪夜の声がして慌てて振り返る。 「あの、大丈夫ですか?どこか具合悪いんですか?あの、えっと、しょ~……じゃなくて!きゅ、きゅ~きゅ~しゃだ!きゅ~きゅ~しゃ呼びます!?あれ、何番だっけ……えっと、たしか……110……114……」  夏樹がキッチンでしゃがみ込んでいたので具合が悪くなったのだと思ったらしい。  パニクった雪夜は、夏樹と誰もいないリビングを交互に見ては、おろおろしながら呪文のように3桁番号を並べていく。  が…… 「え~と……117……118……あ、177だ!」  おしい!!雪夜~!177番は天気予報だよ~!  なんで肝心の119番を飛ばしちゃったかな~……?  いや、呼ばれても困るけど……!    夏樹は雪夜の手から携帯を奪い取った。 「雪夜~!はい、ストップ!全然大丈夫だから!え~と、ちょっとね、何か落ちてた気がしてしゃがみ込んでただけだから!あ、でも気のせいだったから、ちょうどいま立とうと思ってたところで……」 「でも……あっ!もしかして俺の風邪がうつっちゃいましたか!?」 「いや、そんなことは……っ!?」  雪夜の心配そうな顔がズズイっと近付いてきて、夏樹の額に自分の額をくっつけてきた。  いつも自分がしていることなのに、雪夜からされるとちょっとドキっとする。 「う~ん、お熱はなさそうですけど……」  雪夜が眉間にしわを寄せて首を傾げる。  普段は恥ずかしがって夏樹と目を合わせてくれないクセに、他の事に夢中になっていると急に平気でこういうことをする。    ズルいんだよな~……    「うん。そうでしょ?熱はないから大丈夫だよ!」 「でもさっきから様子が……」  そうですね!!様子が変だよね!!うん、自覚してる!!ごめんね、変なヤツで!! 「んん゛、本当に大丈夫だよ。ちょっと……その……ね。雪夜が元気になったから安心して気が抜けただけだよ」  それは嘘じゃない。  雪夜が体調を崩すのはしょっちゅうだけど、その度に、  このまま子ども雪夜から戻らなかったら……?  このまま眠ってくれなかったら……?  このまま起きてくれなかったら……?  何も食べてくれなくなったら……?  俺のことを――  不安と心配は尽きない。 「……夏樹さん」 「ん?」 「お昼寝します!」 「……ぇ?」  雪夜の唐突なお昼寝宣言にちょっと戸惑う。 「でも……折り紙は?っていうか、まだお昼前……」 「あ、えっと、折り紙してたらなんだか急に眠たくなってきた気がするので、お昼寝したいな~です!」 「あ~……」  夏樹はふっと苦笑した。 「まぁ、まだ本調子じゃないからかな?うん……そうだね、ストレッチもしたし、疲れてるよね。それじゃベッドに行こうか」 「はい!」  雪夜が急にお昼寝と言い出した理由はすぐにピンときた。  夏樹を寝かせるためだ。  こういうことは今までにもあった。  夏樹が自分より雪夜を優先することを知っているから……雪夜なりに考えてのことだと思う。  でも、さりげなく夏樹をベッドに連れて行こうとしてくれているのだろうけど、今回のはちょっと無理がある。  だって、雪夜めちゃくちゃお目目パッチリなんだもん……絶対眠たくないでしょ……?  そんな不器用な優しさが可愛いんだけどね!! ***

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