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夜明けの星 9-60(夏樹)
「――え、雪夜もう眠ったのか?」
佐々木が驚いたようにちょっと眉をあげた。
「そうなんだよ。昼間、浩二さんと一緒にトランポリンしまくってたからな。はしゃぎ疲れたみたいだ」
「そっか~、雪ちゃんの顔見たかったのにな~……ざんね~~ん……」
隣にいた相川は伸びをするように両手を上にあげてそのまま後ろに倒れこんだので、声も一緒に遠ざかった。
「悪いな。せっかく電話くれたのに」
「いや、まぁ眠れるのはいいことだからな。電話ならまた明日かけるし……」
別荘の周りの山桜の蕾が膨らみ始めたある日――
仕事用のデスクに座った夏樹は佐々木、相川とテレビ電話をしていた。
雪夜はついさっき眠ったところなので、しばらくは傍を離れても大丈夫なはずだ。
「それはともかく、浩二さんから受け取ってくれた?一応頼まれてたやつは浩二さんに渡しておいたんだけど……」
「あぁ、昨日の夜に受け取ったよ。サンキュ!よく捨てずに持ってたよな~」
夏樹はすぐ横に置いてあった紙袋を佐々木に見えるように持ち上げた。
「あ、それそれ。うん、俺は引っ越しの時に捨てたと思ってたんだけど、相川が荷物の中に放り込んだって言うから……ただ、どの箱に入れたのかまでは覚えてなくて、おかげで荷解きしてなかった段ボール片っ端から開ける羽目になった。ったく、どうせならどこに入れたかも覚えて置けっつーの」
「ごめんってば~!だから手伝ったじゃんか~!」
「お前は散らかしてただけだけどな」
「ぅぅ……」
画面の向こうで佐々木と相川が言い合いを始める。
片付けあるあるで、片付けの途中で本やアルバムを手に取るとついつい見入ってしまって片付けが進まないという状態になることがある。
相川はそのタイプらしい。
まぁ、見たまんまだな。
「とにかく助かったよ。二人ともありがとな!」
「いえいえ!」
「どういたしまして。それにしても、そんなのどうするんだ?この数か月は雪夜の調子がいいみたいだけど、まだ人混みの中に行くのは無理だろ?それに……それはもう何年も前のやつだから、情報が古いぞ?」
「あぁ、そうだな……まだ人混みの中を出歩くのは無理だと思う。……でも、いいんだよ。今すぐじゃなくていいんだ……それにこれがいいんだよ。雪夜にとってはたぶん……お前らとの思い出もいっぱい詰まってるだろ?」
夏樹は紙袋の中をチラッと見て、ちょっと口元を綻ばせた。
「まぁそうかもしれねぇけど……なぁ、なんかあったのか?」
「ん?」
「雪夜に何かあったのか?トラウマが出て来てるとか……あ~ほら、また何か夢で気になることがあるとか……」
佐々木の言葉にちょっとギクリとなる。
さすが、佐々木は鋭いな……
でも……
「いや……何もないよ。大丈夫だ。雪夜は元気だよ」
「おいこら、誤魔化すな!雪夜が元気なのは知ってる。でも、何もなくてあんたが急にそんなのが欲しいなんて言うわけねぇだろ!」
ごもっとも……
「ははは……。うん、そうだな……これは……保険みたいなものかな……」
「保険?」
「俺自身、まだよくわかってないんだ。ただ……何となく嫌な予感がしてな……」
「ぅわ~マジか……夏樹さんの嫌な予感って……当たるんだよな~……」
佐々木が露骨に顔をしかめた。
「でもさ~、そんなもんが保険になるような嫌な予感って一体何なんだよ?」
「そりゃお前……夏樹さんは変人だぞ?俺らにわかるわけねぇだろ」
佐々木が相川に向かってボソリと呟く。
お~い、聞こえてるぞ~。
「ん?あぁ、恋人ね恋人!夏樹さんは雪夜の恋人だから、ただの親友の俺らじゃわからないようなことをいろいろと考えてるんだろうな~って……ね?」
「あのなぁ……」
「なにか?」
佐々木がムカつくくらい爽やかな笑顔で笑った。
夏樹がハッキリと言わないのでだいぶイラついているらしい。
ったく……こいつはホントに……
「わかったって!話すから笑顔で圧かけてくんな!……実はな……――」
***
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