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夜明けの星 9-62(夏樹)

 雪夜はすぐに眠ったものの夏樹にしっかりとしがみついていたので、もうその日は傍を離れるのは(夏樹が)無理だと思い、佐々木にはまた後日、話しの続きをすることになった。    俺としてはそのままうやむやにして話を切ってしまいたかったんだけど、佐々木にそれをすると後が怖いからな…… *** 「――あれ?雪夜は?」 「今日は裕也さんと一緒にリハビリ室で遊んでるよ。一応学島(がくしま)先生もいるし、最低でも1時間くらいは粘ってくれるって約束してくれたけど、なんせ裕也さんだからな……予定よりも早く戻って来る可能性もある」 「あ~……ははは……何となく想像つくな」  裕也の性格がだいぶわかってきているせいか、佐々木がちょっと半笑いで納得した。 「そんじゃさっさと終わらせよう。え~と、この間の話しの続き……たしか、雪夜がうなされるのは夏樹さんが関係してるってことだっけ?一体どういうことなんだ?」 「それが……」  雪夜がうなされるのは、過去の記憶を思い出して整理しているせいだ。  真実の記憶は辛くて悲しい……雪夜にとっては、どれも受け入れがたい内容ばかりだ……  特に事件に巻き込まれた時の姉と犯人の記憶でうなされると、叫んで飛び起きることが多い……  そして姉に対して「ごめんなさい」と泣き続ける……  事件の内容はもちろんだが、二人に言われた言霊(のろい)が雪夜の精神(こころ)にずっと強く残っているせいだろう。   だが……  雪夜の「ごめんなさい」の対象はいつしか、「ねぇね」から「なつきさん」になっていた。  夢の内容が変わったということなのだろうか……  ハッキリと名前を呼ばれたのは、花火の時のあの一回だけだ。  うなされる原因が何なのか、全ての原因が夏樹にあるのかどうかはわからない。  たまに「ねぇね」と呟いているような気もするので、やはり過去の記憶でもうなされているのだとは思うが……でも夏樹も対象になっているのは確実だと思う。 「なんで確実だと思うんだ?夏樹さんの名前は出てこないんだろ?」  佐々木がちょっと眉をひそめた。 「それは……大抵は雪夜がうなされると俺もすぐに起きるんだけど、たまたま俺が疲れすぎてすぐに起き上がれなかった時があって……」  意識は起きているが、身体がなかなか動かないという状態だ。  その時に、先に起き上がった雪夜が、「ごめんなさい」と泣いていたのだ。  最初は、夏樹を起こしてしまって申し訳ないと言う意味で言っているのかと思った。  そういう意味での「ごめんなさい」なら、それまでにも何度かあったからだ。  だが、雪夜は夏樹が起き上がると、慌てて口を閉ざした……  姉に対しての「ごめんなさい」や、夏樹を起こしてしまったことに対しての「ごめんなさい」なら、夏樹が起きても口を閉ざす必要はない。  起きている俺には言えないこと……?  このことに気付いてから注意深く雪夜の様子を見てきたが、この数か月はほぼ毎晩のようにそんな状態だった。  もちろん、どんな夢を見たのか、なぜ謝っているのか、訊ねたところで答えてくれるわけもなく……雪夜は申し訳なさそうに項垂れて、身体を震わせながらただ涙を流すだけだ……  よほど俺には夢の内容を言いたくないんだな……  全くわけがわからないが、夏樹に対する「ごめんなさい」は、姉に対する「ごめんなさい」のように怯えているわけではなさそうだ。  だから、今ではもう夏樹は何も聞かない。  何も聞かずに雪夜を抱きしめ、もう一度眠れるようにあやしている。  うなされて目を覚ました雪夜は夏樹が抱きしめてあやせば、安心して落ち着き、何とかもう一度眠ることができる。  それまでは、雪夜のためにしてやれることの少ない夏樹にとって、自分の存在が少しでも雪夜の癒しになっているということは救いでもあった。  でも今は……  ただそれだけしかできない自分が無力で……情けない……  雪夜の涙の理由が、うなされている原因が、自分にあるのかもしれないと思いつつもどうしようもない現状に、歯がゆさと切なさで夏樹も……泣きたい。  しかも、翌朝目を覚ました雪夜は、何も覚えていないのか、それとも覚えていないフリをしているのか……どちらにせよ、夢のことには一切触れないのだ…… 「それって……夏樹さんには思い当たるようなことはないのか?」 「ない」 「本当によく考えたのかよ!?」 「何が雪夜の記憶に影響を及ぼしているのかなんて、雪夜以外にわかるわけないだろ?せめて夢で見たことや、不安なことを口に出してくれれば……」 「ごめん……そうだよな……」  佐々木が言い過ぎたと思ったのかちょっと気まずそうに謝って来た。 「そういや、兄さんらは雪夜の様子に気付いてないの?」 「あ~……兄さん連中も気付いてるよ」  昼間はよく笑うようになって楽しそうな雪夜。  でも、雪夜の様子がおかしいと感じているのは、夜の様子を知っている夏樹だけではなく、勘の良い兄さん連中も同じだった。  夏樹は、昼間の雪夜が、何も覚えていない、もしくは覚えていないフリをしてでも、みんなと遊ぶことを楽しもうとしているのだから、今はそんな雪夜に合わせて、とにかく一緒に精一杯いろんな遊びを楽しもうと決めた。  兄さん連中は夏樹の考えを汲んで、たまに夏樹の代わりに昼間雪夜と一緒にはしゃいで遊び倒し、その間に寝不足と不安でフラフラになっている夏樹を休ませようとしてくれるのだ…… 「そっか……やっぱり、気付かないはずないよな……」 「まぁな……」  その時、リハビリ室の扉がバンっと開く音がしたので、夏樹は佐々木に目配せをした。 「夏樹さ~~ん!!あっ!!……ご、ごめんなさい……通話中でしたか」  満面の笑みで夏樹に手を振っていた雪夜だったが、夏樹が誰かと話していることに気付いて、慌てて口を押さえて声を潜めた。 「大丈夫だよ。雪夜もよく知ってる人だからね。こっちにおいで」 「え、俺がよく知ってる人?」  雪夜が訝し気な顔で、なぜか抜き足差し足で近付いてくる。 「ゆ~きや~!お~い!」 「あっ!!この声は……佐々木だぁ~~っっ!!」  画面から佐々木の声が聞こえた瞬間、雪夜の顔に笑みが広がり、慌てて夏樹の元へとやってきて佐々木に手を振った。 「寝室に持って行って話してきていいよ」  夏樹は雪夜にタブレットを渡し、急いで寝室に行こうとする雪夜の背中に「後でお茶持って行くね~」と声をかけた。 ***

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