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夜明けの星 9-68(夏樹)

――っていう感じで……」  夏樹は、仕事を片付けつつ最近の雪夜がいかに可愛いかを浩二に話した。  大学生の雪夜は夏樹と二人っきりでもあまり甘えたりわがままを言ったりしてくれない。  照れるからというのもあるが、どちらかと言えば子どもの頃のトラウマが影響している。  本人はたぶん気付いていないが……  それが最近は、子ども雪夜の時のようにべったり甘えて来る。  幼児退行しているわけじゃない。精神的には大学生の状態だ……  だから、雪夜にしてはかなり頑張って甘えてくれているのだと思う……  その証拠に、時々ハッと我に返っては、いつものように真っ赤になって軽くパニクるので言動がハチャメチャになる。  それはそれで見ていて飽きないし面白いけど……雪夜がどうしたいのかわからず反応に困る。    甘えてくれるのは嬉しい。  照れつつも甘えて来る雪夜は、控えめに言って押し倒したくなるくらい可愛い。  でも、無理をしてまで甘えて欲しいわけじゃない。  複雑…… 「へぇ~……」 「ちょっと浩二さん、聞いてます?」 「お~、聞いてる聞いてる」  浩二が気のない返事をする。 「どう思います?」  雪夜がどうして急に無理をしてまで甘えて来るようになったのか……  うなされているのと関係があるのか…… 「知らね」  浩二がカタカタとキーボードを叩きながら軽く肩をすくめた。  この顔……最初から答える気がなかったんだな!? 「じゃあ何で聞いたんですか……」 「俺は“話しを聞いてやる”って言っただけだぞ?だから、話しは聞いてるだろ?」 「……それはそうですけど……」 「だいたい、お前は俺に何を求めてんの?」 「え?」 「ホントはもう全部わかってんだろ?俺にはお前は、見たくない現実から目を逸らして、わからないフリをしてるだけにしか見えねぇけど?」 「……全部ってわけじゃないですけど……」  浩二に図星を指されて言葉に詰まる。  佐々木には全然思い当ることがないと言ったが、本当は雪夜の「ごめんなさい」に思い当ることがあった。  今回の急に甘えて来る雪夜の謎の行動も……もしかしたら……と思うことはある。  ただ、夏樹が考えていることは、当たって欲しくない。  だから、他の理由を探しているのだ。 「ま、それはともかく……甘えん坊さんな雪ちゃんは可愛いよな~。んで、その可愛い雪ちゃんの画像や動画は送ってくれねぇの?」 「送りません」 「ぅおおおいっ!?俺聞き損じゃねぇかっ!!」  いや、話しを聞いてくれたら雪夜の画像を送る、なんて一言も言ってませんし!? 「俺より裕也さんに言って下さいよ。裕也さんならいっぱい持ってるでしょ?」 「……それもそうだな」  浩二は早速携帯で裕也に連絡を取り始めた。  話しを聞くだけ……まぁ、浩二さんっちゃらしいけど……  夏樹がフッと口元を綻ばせていると、二階から下りて来る足音が聞こえて来た。 ***  ……あれ?  画面に出していた雪夜の写真を消して、浩二に雪夜が下りて来たことをチャットで知らせる。  それらを瞬時にこなして何食わぬ顔で仕事をしていた夏樹は、なかなか雪夜が入ってこないので首を傾げた。 「雪夜~?どうしたの?入ってきていいよ?」  扉に向かって声をかけると、雪夜がぴょこっと顔を出した。  夏樹が仕事をしているのを知っているので、入ってもいいか中の様子を窺っていたらしい。   「もう会議は終わったから大丈夫だよ。おいで」 「お仕事終わりですか~!?」  夏樹が両手を広げると、ニコっと笑って雪夜も手を広げて小走りに近寄って来た。  ……が、 「ん~?いや、まだ仕事中だけど……」 「……ぇ……?」  まだ仕事中だと聞いて、雪夜が笑顔のままピタッと止まった。 「あ~、でも大丈夫だよ。今は浩二さんと話してただけだから」  慌てて付け足し、雪夜においでおいでと両手で手招きをする。  不安定になっている時や子ども雪夜の時は、夏樹が仕事中だろうが周りに人がいようが関係なくべったりだが、大学生の雪夜は夏樹が仕事をしている時は近寄って来ない。  それは、甘えてくるようになってからも変わらない。 「浩二さんと……?」  夏樹の手招きに誘われて、雪夜がちょっと首を傾げながらゆっくりと近寄ってきた。   「お~い、雪ちゃ~ん!浩二さんだぞ~!顔見せて~?」 「……あっ!浩二さんだっ!」  雪夜がパソコンの画面を覗き込み手を振る。 「浩二さんもお仕事中ですか?」 「そうだよ~。浩二さんも真面目にお仕事中~。ナツが仕事ミスったからそれを直してた」 「え、夏樹さんが!?」 「あっ、ちょ、そんなこと言わなくてもいいじゃないですかっ!!」 「ほら雪ちゃん見てみろ、ここだよ、ここ!」  浩二がわざわざ自分の画面を見せてきて雪夜に説明しようとする。 「あ~~もう!見せなくていいからっ!!雪夜も見ないでっ!!」  いや、そんなもの見せても雪夜には何のことか全然わからないはずだよ?  だけど、わからなくても、ミスをマジマジと見られるのはイヤだっ!!   「はいはい、それじゃ残りのが出来たらまた送りますね!はい、さよなら~!」 「あ、こら、待っ――」  夏樹はさっさと通話を切って、パソコンを閉じた。 「あ……え、いいんですか!?お仕事のお話は……!?」 「あぁ、うん、もう話は終わったから大丈夫だよ。それより雪夜、シャワー浴びようか。いっぱい汗かいてるよ」 「え?あっ!!すすすみません、汗臭くて……」  雪夜が慌てて夏樹から離れて自分の服をクンクン匂った。 「別に臭くはないよ。汗かいてるのはいっぱいリハビリ頑張った証拠でしょ?今日もよく頑張ったね!でも、そのままだと風邪引いちゃうからね。シャワー浴びて髪もちゃんと乾かそうね」 「はーい!」 「よし!んじゃ、行こうか」  夏樹はにっこり笑って雪夜を抱き上げると、浴室へと向かった。 ***

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