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夜明けの星 9-69(夏樹)
「雪夜~、髪乾かす……よ……って、あれ?」
風呂上り、雪夜の髪を乾かそうとドライヤー片手にリビングに戻った夏樹は、先に戻っているはずの雪夜の姿を探した。
ソファーに座っていると思ったのに見当たらず一瞬立ち尽くす。
「雪夜~?どこ~?……そっちにいるの?」
寝室にいるのかと思い、足早にリビングを横切りかけた夏樹は、途中で足を止めてちょっとバックをした。
「……雪夜?」
脱衣所の方からはちょうど陰になっていたので見えなかったが、雪夜はソファーの横で蹲 っていた。
なんでそんなところで蹲ってるの?
ソファーに座ればいいのに……
首を傾げつつ前に回り込む。
「ゆ~きや、何して……っ!?」
「……っ……っく……っ」
膝を抱えて蹲る雪夜は、虚ろな目でぼんやりと一点を見つめて涙を流していた。
あぁ……
つい先ほどまで、お風呂でテンション高くはしゃいでいたのに、数分後にはコレだ。
雪夜が甘えて来るようになってからの情緒は不安定で、こういうことも珍しくない。
夏樹はちょっと自分のうなじを撫でると、そっと深呼吸をしてクールダウンした。
アップダウンの激しい雪夜のテンションについていくためには、夏樹もテンションをコントロールして合わせるしかない。
「雪夜、おいで」
ドライヤーをソファーに置いて静かに声をかけながら雪夜を抱き上げる。
「どした?なんで泣いてるの?」
「……っ……」
抱っこしたままソファーに座って、雪夜の顔を覗き込む。
雪夜からの返事がないのはわかっている。
泣いているのにはなにか理由があるはずだが、それを詳しく夏樹に話してくれることはほとんどない。
話したくないのか、話せないのか……
どちらにせよ、あまりしつこく聞くと雪夜を追いつめてしまうので、最初から話してくれないものとして割り切っている。
ただ、夏樹が話しかけることで、潤んだ瞳に夏樹を映してくれればそれでいい。
「ん?」
「……~~~~っ!」
虚ろだった雪夜の瞳が夏樹を捉え、一瞬くしゃっと顔を歪ませると夏樹の首に抱きついて来た。
「よしよし、どうしたの?俺がいなくて寂しかった?」
「っ……」
雪夜がうんうんと頷く。
「なつ……っ……んが……ね?……ひっく……っ……いなっ……たの……」
「……っ!?」
雪夜がしゃくりあげながら夏樹の耳元で必死に訴えて来る。
何も言わずにただ静かに泣いていることの方が多いので、雪夜が話してくれていることが嬉しくて頬が緩んだ。
「うん……うん……」
泣きながらなので聞き取るのが大変だが、どうやら冗談交じりに口にした夏樹の言葉が正解だったらしい。
服を着て、先に脱衣所から出たのは雪夜の意思だ。
二人だと脱衣所が狭いからと夏樹に気を使って……
だが、夏樹が出てくるまでの数分間、リビングでひとりきりだったせいで、なにかトラウマが出たらしい。
そのせいで夏樹がどこにいるのかわからなくなって、置いて行かれたと思って泣いていたらしい。
「そっか、ごめんね。次は一緒に出ようね」
「ん……」
「大丈夫、ずっと一緒にいるよ。ちゃんと傍にいる……傍にいるよ」
ひとりが怖い……
夏樹に一緒にいて欲しい……
夏樹と離れたくない……
雪夜がそう思っていてくれるなら……
ずっとそう思ってくれるなら……
俺の不安もなくなるのに……
雪夜の中でなにかのカウントダウンが始まっている気がして……
夏樹は時計の秒針の音を聞くのも怖くて最近はアナログ時計を全て外してクローゼットに放り込んでいる。
タイムリミットがいつなのかは今のところ予想がつかない。
ただ、そう遠くないと……思っている。
これは今のところ夏樹のただの予感だ。
杞憂で終わればいい。
杞憂であって欲しい。
「大丈夫だよ……大丈夫」
雪夜に言いつつ、自分自身にも言い聞かせる。
大丈夫……きっと、大丈夫……
「ケホッ!!」
「……ん?あ、ごめん!」
雪夜が苦しげに咳き込んだので慌ててちょっと身体を離した。
無意識に強く抱きしめすぎていたらしい。
「なつきさん……」
咳が治まると、雪夜がツンツンと服を引っ張って来た。
「ん?……もうちょっとギュッてする?」
「うんうん」
「わかった。苦しかったら言ってね?」
「うんうん」
「ぎゅぅ~!」
「……っふふ」
加減しながら少し強めに抱きしめると、雪夜が嬉しそうに笑った。
あ……ちょっと落ち着いたみたいだな……
笑う余裕が出て来たということは、雪夜の中で不安は少し解消されたということだ。
夏樹もホッとして、そのまましばらく一緒に笑いながら、二人でソファーに寝転がってじゃれていた――……
***
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