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夜明けの星 9-77(夏樹)

「それで、何があったんですか?」 「あぁ、それがな……お前は麺棒が頭に当たってぶっ倒れてたんだよ」 「……は?」  麺棒~!?  何の冗談かと思ったが、(いつき)は苦笑しているものの嘘を吐いているようには見えなかった。 「なんで麺棒……あっ!」  後頭部を触るとちょっとたんこぶが出来ていた。   「ちょっ!!麺棒くらいでこんなたんこぶ出来ます!?」 「そりゃお前……コレだし?」  斎が見せて来たのは、特大サイズので出来た回転式麺棒だった。  昔からここにみんなで集まる時には(たかし)と斎が料理を作るのが常だったので、何年も前に愛華が斎の誕生日にプレゼントしたものだ。  もちろん、そんなにデカいのは普通には売っていないので、特注品だ。    でもそれってたしか……デカすぎて普段は邪魔だからって上の棚の奥に……あ゛……  夏樹は頭を軽く押さえた。   「そうだ、上から降って来たんだ……」 「お?思い出したか?」 「何となく……」 ***  別荘には昨日の昼頃から久々に兄さん連中が集まっていた。  最初は斎と裕也だけだったが、夜になるにつれて徐々に増えていき、雪夜も賑やかな晩餐を楽しんでいた。  そんな中、昨夜遅くにやってきた浩二が、マダムからの伝言を持って来た。   「――っつーわけで、お前は明日リモート会議な」 「え~!?」 「文句言うな。仕方ねぇだろう?食中毒だっつーんだし……」 「それはそうですけど……みんな揃って一体何やってんですか……」  夏樹は浩二から話を聞いて思わず深い息を吐いた。  浩二の話では……  マダムの直属のBG(ボディガード)たちが親睦会を兼ねて行ったバーベキュー大会で集団食中毒になってしまい、しばらく仕事に出られなくなった。  そのため、数日後にマダムが参加する予定のパーティーには急遽、現在研修中のBGたちがついて行くことになったらしい。  一応当日は、症状が比較的軽かった副リーダーが出て来て研修生たちに指示することにはなっているらしいが、それもどうなるかわからない。  というわけで、マダムのBGたちの専属トレーナー兼警備アドバイザーである夏樹にも出て来て貰いたいと連絡が来たのだ。  マダムは夏樹への連絡は基本的に浩二を介している。  その理由はイマイチわからないが、とにかく先に話を聞いた浩二が、夏樹は雪夜の傍を離れるわけにはいかないので無理だ。と即座に断ってくれたらしい。  とは言え、マダムは夏樹の雇用主でもあるので完全に無視するわけにはいかない。  だから、夏樹は当日行かない代わりに今日からみっちりリモートで出来る限り研修生たちに当日の警備についての注意点などを教えて、当日は、浩二と裕也が助っ人に行く。  ということでマダムを納得させたのだとか。  そんなわけで、夏樹は今日は朝から浩二と裕也と三人で研修生たちとリモート会議をしていたのだ。  夏樹は普段は寝室の前の仕事スペースで仕事をするが、今回は浩二と裕也も一緒にするからと、なぜか母屋のリビングに連れて行かれた。  別に娯楽棟のリビングでも大して変わらないと思うのだが……  数時間後、夏樹の座学講座が終わって実践練習に移行した。  実践練習は、護衛対象を守りながらいかにスムーズに目的地まで移動するか、移動中気を付けるべき箇所はどこか、さりげなく動きの怪しい人間を監視する方法……それから、警察官が使っている、いわゆる逮捕術などをリモートで教えていく。  そういうのは浩二や裕也が得意なので、一旦交替して夏樹はトイレ休憩のためにリビングから出た。 「あ、そうだ。携帯の充電……」  トイレから出た夏樹は、携帯の充電器をベッドサイドに置いたままだということに気付いて、ついでに取りにいくことにした。  娯楽棟のリビングに入ると、誰もいないリビングを横切り寝室へと急いだ。  雪夜は娯楽棟の二階で斎や隆たちと一緒にトランポリンをしているはずだ。 「……ん?」  寝室に入りかけた夏樹は、「よいしょっと……」という聞き慣れた声がした気がして動きを止めた。  雪夜?お茶でも飲みに来てたのかな?  少し下がってキッチンを見るが、冷蔵庫の前には雪夜の姿はない。  声がしたと思ったんだけど…… 「雪夜~?いるの~?」  ちょっと小声で呼びかけつつキッチンを覗きに行くと、キッチンの奥で雪夜が椅子に上って上の棚に手を伸ばしていた。   「雪夜、どうしたの?欲しいものがあるなら俺が取るよ?」  なぜ二階にいるはずの雪夜がひとりでそんなところにいるのか、何を取ろうとしているのか、疑問点は多かったがとりあえず声をかけた。 「……っぇ!?なななな夏樹さんっ!?」  雪夜は夏樹の声に椅子から飛び上がるくらい驚いた。  実際軽く飛び上がった。  つま先立ちで思いっきり手を伸ばしている状態で飛び上がったので、当然のことながら…… 「……あっ……」 「雪夜っ!!」  バランスを崩した雪夜に向かって滑り込みなんとか間一髪のところで雪夜を受け止めた。 「……っ……っぶね……雪夜っ!?大丈夫!?」 「……ふぇ?あ、は、はいっ!」 「良かっ……」 「っ夏樹さ……危な……っ!!」  夏樹が雪夜を抱きしめた瞬間、上の棚から鍋などの調理器具がなだれ落ちて来た。 「ぅわっ!?」  夏樹は咄嗟に雪夜を庇いつつ、落ちて来る調理器具を手で振り払った。  上の棚には普段あまり使わない大きめの調理器具を収納してあった。  とは言え、こんな風に上から落ちて来ると危険なので、鍋にしてもアルミ製などの軽めのものばかりだ。 「――あ~ビックリした。雪夜当たってない?」 「え、あ……はい、俺は……で、でも夏樹さんは……?」 「ん?あぁ、俺は大丈夫だよ」  さすがに全部を防ぐのは無理だったけど、まぁ、これくらいなら……     多少は肩や背中に当たったものの、ステンレス製鍋やホーロー鍋などに比べればマシだ。  雪夜を安心させるためににっこりと笑いかけると、一瞬ホッとしかけた雪夜がまた上を見て「あっ!!」と叫んだ。 「え……?」  雪夜につられて上を見る。    げっ……!!  夏樹たちに向かって例の回転式麺棒が降って来ているのが目に入った。  夏樹は、もう終わったと思って油断していたせいで反応が遅れ、雪夜の頭を庇うのが精一杯だった。  頭にゴンッと衝撃を受けた夏樹は、雪夜の上にそのまま倒れこんだ。  うそん……時間差とか……漫画かよおい……だっせぇ……  と自分のマヌケさを嘆いたところで意識が途切れた―― ***

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