649 / 715
夜明けの星 9-79(夏樹)
実は夏樹が気を失っていたのは、ほんの数分。
斎たちが駆けつけた時に意識を取り戻し、「大丈夫だけど、眠い……ちょっと寝る」と宣言して寝落ちしたらしい。
え、覚えてない……
まぁたしかに最近ちょっと寝不足だけど……
さすがの斎たちも状況が状況だけに一瞬「おい、こいつそのまま永眠するんじゃねぇの?」と心配したらしいが、たんこぶが出来ている位置や肩と背中の青痣の様子から当たった状況を推測して、これならほとんど頭に衝撃は受けていないだろうから大丈夫だな、とベッドに運んでくれたらしい。
「何時間も起きないようなら病院に連れて行くつもりではあったけど、すぐに起きたしな」
結構長い時間夢を見ていたような気がしていたが、夏樹が寝ていたのは1時間程だったらしい。
たった1時間で見るには……いろんな意味で濃い内容だったけど……
「お~?目が覚めたか?」
「なっちゃん、頭大丈夫~?いちたすいちは~!?」
浩二と裕也がタイミングを見計らって寝室に入って来た。
二人は昼飯を食べるために娯楽棟に戻って来て、何があったのかを聞いたらしい。
「あ、はい。ちょっとたんこぶが出来てるくらいです」
夏樹は裕也に向かってピースをしながら、返事をした。
「そうかそうか、まぁ昼休憩の後も、今日のところは俺らでやっておく」
「え、俺もう大丈夫ですから、昼から出られますよ?」
「お前が大丈夫でも、雪ちゃんがだいじょばないだろ?お前が起きるまで泣きっぱなしだったんだぞ」
浩二が呆れ顔で夏樹を見ると、夏樹にしがみついている雪夜を指差した。
斎たちが「これなら、ちょっと壁に頭をぶつけたのと同じくらいだから大丈夫だよ」と言っても、雪夜はずっと泣いて夏樹の傍から離れなかったらしい。
「あ~……そうですね。それじゃ、お願いします」
夏樹はポリポリと頬を掻きつつ二人に頭を下げた。
「はいよ~」
「なんなら、そのまま明日も……」
「ん~?何か言った~?」
裕也が笑顔で拳を握りしめた。
「何でもないでっす!!明日は俺もちゃんと仕事します!!」
「そうだね~。お仕事はちゃんとしないとね~!」
ですよね~!
そこまで甘くはないか……ハハハ……
***
……なんて、笑ってる場合じゃなかった。
結局夏樹は翌日からもリモートは出来なくなった。
不安定になった雪夜が子ども雪夜になって夏樹から離れなくなったからだ。
まぁ、カメラの位置を変えるなり、こちら側の映像を裕也に弄って貰うなり、雪夜を抱っこしたままでも仕事をする方法はいくらでもあったが、浩二たちは子ども雪夜に甘いので……
「なちゅしゃん、おしごと?ゆきや、ここダメ?おじゃましないよ?」
と、夏樹の背中にしがみついて隠れてでも傍にいたいという雪夜に見事にノックダウンされ……
「ん゛~~~~っ!!ダメダメっ!!可愛すぎるからダメ!!そんな可愛い雪ちゃんを他のやつらに見せるわけにはいかんっ!!」
というわけで、雪夜が落ち着くまでは浩二と裕也だけでリモートでの打ち合わせをしてくれることになった。
まぁ、当日現場に行くのは二人だ。
ぶっちゃけ現場に行けない夏樹がリモートで研修生たちに絶対教えておくべきは初日の座学講習だけで、その後の実践による練習や演習は浩二たちがいれば夏樹はいなくても特に問題ないのだ。
それにしても……うん、兄さん連中の雪夜愛も、ほんと、俺に負けず劣らずだよな~……
いや、もちろん、俺が一番雪夜を愛してるけどね!?
***
「ゆ~きや。夏樹さんお仕事お休みになったから、今日は一日一緒にいられるよ?何しようか!」
夏樹は雪夜を抱っこしたままソファーに座り、にっこり笑いかけた。
「おやしゅみ?」
「うん」
「なちゅしゃん、ねんね!」
「え?いや、そのおやすみじゃないよ?」
「いたいいたいは、ねんねよ?」
雪夜が夏樹の頭をなでなでして、顔を覗き込んできた。
「あ~……もう大丈夫だよ。ほら、たんこぶも小さくなってるでしょ?」
雪夜はたんこぶを触ると、ちょっと顔をしかめた。
「ぽっこりぽんよ!!いたいいたいよ!」
「ぽっ……?」
夏樹は雪夜の言葉にちょっと固まった。
え~っと……今何て言ったんだ?
ぽっこり……ぽん?何語!?
また浩二さんか?
まぁ……可愛いからいいけど……
「ん~……じゃあ、雪夜がよしよしして?そしたら痛くなくなるから」
「ほんと?」
「うん」
「……いたいいたいは~とんでけ~!」
雪夜が夏樹の真似をして、頭を撫でては一生懸命ポイポイと「痛み」を投げ飛ばしていく。
必死なその様子がなんとも可愛らしくて、夏樹はしばらく笑いを堪えながら大人しく雪夜に頭を差し出していた。
「なちゅしゃん、とんでった?まだ?」
さすがにずっとポイポイして疲れたのか、ヘトヘトになった雪夜が肩で息をしながら首を傾げた。
「え?あぁ、うん、飛んでったよ!もう痛くないよ。ありがとう!」
雪夜は、夏樹が「もう痛くないよ」というと、ホッとしたように笑った――
***
ともだちにシェアしよう!