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夜明けの星 9-85(夏樹)
「ひゃっ!!」
イヤホンから、先ほどよりも大きな悲鳴が聞こえて来た。
「な、なに!?……さささっきよりも光った……かかか雷ですか!?どこかに落ちたのかな?ドーンって言ってないから落ちてない?落ちてないよね!?落ちてないって言ってぇ~~……ぅ~~~……雷落ちたら暗くなるよね?……でもまだ夜じゃないから……だ、大丈夫だよね?……うん、だいじょうぶ……だいじょぶ……ダイジョブ……」
雪夜が震え声でブツブツとひとり言を呟いた。
ひとり言ってこんなに喋るものだっけ?
なんていうか……雪夜、普段よりも喋ってないか?
不安を紛らわせるために思ったことを全部声に出しているのかもしれないけど、それにしてもよく喋るな……
うんうん、まだ落ちてないよ~。大丈夫だよ~。
夏樹は雪夜のひとり言に心の中で返事をした。
そうこうしているうちに、また続けて窓の外が光った。
「わっ!?ま、またっ!?まだ光るのっ!?そそそんなに光らなくてもいいと思いますぅ~~!!あ~~もぅ!!なんで光るのぉ~!?ぁぅ゛~~~っ……っ……もぉやだぁ~~~!……っく……なつきさぁあああん!……っ……ひんっ……っ」
涙交じりに夏樹の名前を呼ぶ声が聞こえた時には、夏樹はもう娯楽棟から母屋に入っていた。
「雪夜ぁ~!大丈夫~!?」
一応、リビングに入る手前で声を張り上げる。
「なっ、なつきしゃん……?」
雪夜がほっとしたように呟くのが聞こえた。
「入ってもいい~?」
「は……あっ!だ、ダメッ!!」
「えっ!?」
まさか、この期に及んでも拒否られるとは思わなかったので戸惑いつつも、リビングの扉にかけていた手を慌てて離した。
「入っちゃダメなの?でも、雪夜ひとりで大丈夫?」
「だ……ぃじょうぶ……」
だいじょばない声だよね?
う~~~ん……
夏樹は腕を組んで廊下の壁にもたれると、ちょっと天井を見上げて考えた。
「雪夜、それじゃちょっと出て来て?」
「……ふぇ?」
「俺がリビングに入るのはイヤなんでしょ?でも、俺は雪夜が心配だから、ちょっと出て来て顔見せて欲しいな」
「……わ、わかりました……」
そう言うと、リビングの扉がそっと開いて雪夜が顔を覗かせた。
「……ふはっ!」
扉の向かい側の廊下にもたれていた夏樹は、半泣き状態の雪夜を見て思わず顔を背けて軽く吹き出した。
そんな顔してるクセに……
「なつきしゃ~ん……?」
雪夜がまた今にも泣きそうな顔で夏樹を見上げる。
「んん゛、ごめん……おいで。もっとちゃんと顔見せて?」
慌てて咳払いで誤魔化すと、雪夜に微笑み両手を広げた。
雪夜はそれを見て表情をやわらげると、両手を前に突き出して、夏樹に抱きついてきた。
「あああの……あのね……ピカッてね……ひかっ……ひかって……」
「うん、光ってたね。ひとりで怖かったでしょ。よしよし」
夏樹は、うるうるお目目の雪夜を抱き上げて、背中をトントンと撫でながら、雪夜の頭に口付けた。
「……ふぇっ……っく……」
ん?あれ、待てよ?
もしかして、雪夜……自分が雷が苦手なこと忘れてた?
そういえば、今の状態に戻ってからはここまで天気が荒れるのは初めて……だったっけ?
停電にはなってないはずだから、たぶん、そんなに荒れてなかったんだよな……
自分でも記憶力はわりと良い方だとは思っているが、この数年間はいろいろとありすぎて……たまに子ども雪夜の時の記憶と大学生の雪夜の記憶がごちゃ混ぜになってしまう。
なるほど……雷が苦手なことを忘れていたなら、雪夜の行動の意味も少しわかる。
そうだよな、そうじゃなきゃ……
「ひとりで大丈夫」だなんて言うはずないよな……
「もう大丈夫だよ。俺が一緒にいるからね」
「……ぅん……っ……」
***
夏樹は雪夜を抱っこしたまま、廊下に置いてあるスツールに腰かけた。
さて……今はどういう状態なんだ?
夏樹は雪夜をあやしつつ、考えた。
言葉遣いや仕草は子ども雪夜に近いけど、でも……俺がリビングに入るのはダメ……なんだよね?
リビングでしてることは、どっちの雪夜がしたいことなの?
「ねぇ雪夜、俺も一緒にリビングに……」
「っだ、ダメっ!!ダメなの!!」
ダメか~……
試しに、雪夜にもう一度話を振ってみたが、やはり拒否られてしまった。
「あれは、ゆきやがするの!ゆきやががんばるの!なつきしゃんにはないしょなの!!だから、なつきしゃんもシーっだよ!?」
ん~~……そっかぁ~~……内緒か~~……それたぶん、俺には言っちゃダメなやつだねぇ~……っていうか、俺はどの夏樹さんにシーってしてればいいのかな?
吹き出しそうになるのを我慢して、うんうんと話しを聞く。
どうやら、稲光のせいで雷のトラウマから来る恐怖心や不安を中途半端に思い出したため、中途半端に精神が不安定になって、子ども雪夜と大学生の雪夜とが両方出てきている状態らしい。
う~ん、ややこしいな……
「でもね?雪夜。台風は今どんどん近づいて来てるから、これからまだしばらくは荒れると思うんだよね」
「……え?」
「もっとピカピカ光るってこと」
「ええっ!?」
「それでも、ひとりで大丈夫?」
「ぁぅ……だ……だ……だいじょ……だいじょば……なぃ……けど……でも……ぅ゛~~~……だい……じょう……ぶ……」
「……そっか。わかった」
夏樹はちょっとため息を吐くと、雪夜の頭をポンポンと撫でた。
「雪夜が大丈夫だって言うなら、俺はリビングには入らないよ」
全然大丈夫には見えないが、本人がそこまで言うのに無理やりリビングに入って嫌われるのはイヤだから……仕方ない。
「あっ……」
「どうかした?」
「あの……あのね?なかにはいるのはだめだけど……でも……いっちゃやだ……」
「……ん?」
どういうこと?
「あの、だからね?えっと……なつきしゃんはここにいるの!」
「ここ?」
ここって、廊下 ですか!?
「ダメ?……ですか?」
急に大学生の雪夜が出て来て小さく首を傾げながら夏樹を見上げた。
うん、ダメじゃないよ!?どっちも可愛いからぶっちゃけ最高です!!
……じゃなくて……
「わかった。ここで待ってるね」
そんなわけで、夏樹はわけがわからないまま真夏の廊下でポツンとスツールに座り、雪夜を待つことになったのだった――……
***
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